文章力ゼロな俺が学園一の美少女を彼女にするまで

龍鳥

第1話




 桜が散り、雑木林が緑一色になる6月。



「好きです!!付き合ってください!!」


「全然いいけど……その代わり条件があるわ」



 高校一年生の初夏、幸一は人生最大の山場を迎えていた。それは、高校三年生でもあり学園一の美少女とされる闇子に告白をしたのだ。そして、黒髪が靡く美しい長髪が揺れながら、彼女は言った。



「明日までに、私の好きなところを文通にしてみて」


「はい!!……って?」



 嬉しそうに顔を誇らしげに笑う彼女は、誰もが憧れる宝石のよう瞳で幸一を見ながら提案してきたのだ。



 「言葉だけでは伝わらないということですか?」


 「いいえ違うの。私は文章で伝えてくれる相手が好きなの」



 何を言っているだ?という表情しか浮かばない幸一は、キッチリと留めていた第一ボタンと第二ボタンを外していく。教室は、クーラーが必要ない気温なのに心なしか暑いのだ。



「まさか、さっきの告白だけでは伝わらないということですか……」


「そのまさかよ。言葉よりも、その人が書いた文章や筆跡で私の事がどれだけ好きか分かるのよ」


「そんな無茶なこと……僕だからですか?」


「いいえ、これまで告白してきた人みんなに言っているわ」


「はい……。わかりました」




 もうこれ以上言う事がない、と満足したか幸一を背にして闇子は教室を去って行った。バタンと閉めていく教室の扉の音は、虚しく響いた。

 彼女から提案した文通は簡単だ。相手の事をどれだけ好きかを文章にすれば、たとえ冴えない顔をしている、悪く言えば平均点以下の容姿をしている幸一でさえも、学園一の美少女を彼女にできるチャンスがあるというわけだ。


 だが、幸一の一世一代の告白が玉砕するよりも、彼自身が苦手としている文章で相手に好きを伝えるのは不幸中の不幸と言えるだろう。


以下、彼が急いて書いた文章はこうである。




”貴方の事が好きです。好き、という言葉をご存知だろうか?

好きという熱い湯と呼ばれる液体になるまで溶かし。それに特殊な液体を混ぜた時間が経てば固まる愛を、貴方という型が出来上がる形を作って、その湯を流し込むという現象だ。頭上から天が定めた運命は蔓延するし。おまけに僕の湯は年中1,000℃を超える熱々なので、僕の好きは最高の中の最高だ。”



「ひ、否定はしないけど……さ?」


「でしょ? 俺に文才があるということが見つかったわけだし……まあ自分が一番に甘酸っぱくするのがこれだなと」


「本音もありがとう」


「もし良かったら、これを闇子さんに送って」


「……うーん」




 放課後の帰り道のこと、幸一の唯一の友達である悠太は首を傾げていた。


 幼稚園から高校まで、一貫して2人は同じ学校に通い続けた腐れ縁である。共に苦楽を過ごし、分からない問題は互いに教え合っていた。

 幸一の言う通りに、ゲームのレベルだと一桁があるかどうかな独独の文章である。国語の成績は、悠太が幸一の家に寝泊まりする日々を過ごすくらい、なんとか赤点をギリギリに回避した中学の3年間を耐えた結果、彼は諦めていた。


 完全に自分の生活を無駄にしたが……あまりの馬鹿さ加減に訴える気力もなく、本音を言えば幸一の勉強するやる気も吸い取っていただろう。だから、この場も円満で逃げたい気持ちしか残っていなかった。さらに言えば、アドバイスなしで書いた幸一の輝く顔を曇らせたくないのもある。



「た、確かに例え話は魅力あるんだけどさ、愛が重すぎるんだよ。たかが告白だろう。もっと相手に率直な意思を伝える気持ちがある文をさ」


「そんなこと言わずにお願いだ!!お前なら手先がなんでも器用にできるんだから問題ないだろ!!。冗談とか無しに、この文章が闇子さんのハートを掴めるか聞きたいんだ!!」


「そう言う思ってたけど……えぇ、これを直すの?」



 母親であるかのように縋る幸一を見て、悠太はしょうがないなと本気で添削をすることにした。




「まず、熱い湯って何? お前は昔からハートが熱い奴だったのか?」


「高校入学したばかりに俺ら2人で初めて校門に入った時にさ、偶然近くにいた闇子さんを見て一目惚れしたんだよ。その気持ちを書いた。」


「なるほど……って、ごめん。話戻すけど幸一、凝った文章なんかよりも。まず俺が教えてやらないと、お前日本語できないだろ」


「そんな細かいこと良いじゃないかよ悠太。この文章で俺は闇子さんに、みんなよりも好きな気持ちが伝わると思うわ」


「もうそうなったら俺が教えたことって……。それに断られたらどうするんだよ。心折れて一生文章が書けないぞ」


「でもよぉ……」


「泣きそうな顔をするなよ……」




 話していく内に幸一の家に着き、悠太は早速と国語の教師の仕事にかかるため、彼の部屋まであがる。生徒である幸一は、ラブレターを自信満々に書いていた顔つきとはまるで別人になっていた。



「それに、お前が闇子先輩を好きっていう気持ちは痛い程わかる。この事実があれば、簡単な日本語が成立できるから」


「まぁ……はい……」


「要はお前の実力じゃあ先輩が読んでも意味が伝わらないこと。意味不明ってことなのよ。しかも誤字脱字もあるからな。内容は支離滅裂、接続詞や形容詞の間違いも含まれてるし」


「へぇ……そ、そこまで」




 と、関心の声を上げながら自分のセンスのなさを悟る幸一。

 文章を直さないといけない気持ちは本気だが、悠太の心無しな言葉を言われたら泣きたくなる気持ちが湧くのは当然。すぐに逃げたい気持ちが出てくる。


 


「あとは幸一の立場上、闇子先輩に告白するライバルも多いが、三年の間に誰かと付き合った噂話もないし、安心しとけよ」


「言いたいことは分かるけど……そこまで言わなくても」


「はっ?俺が住み込みで教えてやるんだぞ? 給料2万くらいお前の貯金から欲しいと言いたいわ」


「やめろよ!? ……うーん、だけどなぁ」



 ここまで否定されても、なお渋る幸一。すぐに決断して書いた闇子へのは想いを全否定されても、そう簡単に折れることはできない。それが幸一という人間性である。




「あんたは人見知りなんだから、幸一。私からもお願いするわ悠太君」


「……は、はい。分かりました頑張ります」


 下の階からお茶菓子を持ってきた母の鶴の一声により、幸一のラブレター添削作戦は始まった。子供の生い立ちを知る母にとって、今回の出来事をまたと無い機会なのだ。



「ありがとうおばさん。こいつの口下手がようやく直ることに一安心ですよ」


「よろしく頼むわね、悠太君」


「僕の意見は……」


「「ない」」




 こうなったら割り切るしかないと、幸一は腹を括った。母の言葉もあるが、ここまで異性を好きになった初めての相手に、失礼がない文章を書くと気合いを入れ直す。が、そんな矢先に悠太が爆弾が投下してきたのだった。




「あ、先に言っとくけどお前小学生レベルの文章が出来てないから」


「へぇっ?」



 当然と言わんばかりの顔をする悠太に、聞き取れないフリをして二度聞きする幸一。



「だからお前の書く文章の実力。構成もなってないし。もちろん俺が一から教えるから安心しろ」


「……は?いや、それは今の今まで聞いてなかったんだけど……」



 これから起こる前途多難な道に、顔を蒼ざめるしかなかった幸一であった。

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