憐れな男の末路
私は先日、報告を受けた事案の報告書を読んでいた。
内容は実に興味深いものだ。憐れな一人の男の末路。悲劇が好きな者ならば、それなりに満足させられるものである。
ざっと目を通すと、私はそれを研究机の上に放り投げた。
確かに面白くはある。けれど、私が重要視するのは、これが使えるか使えないか。他はどうでもいい。
「さて……」
私は小さく呟くと、座っていた椅子から立ち上がる。
そろそろ仕事をしなければ。なんせ案件が溜まりに溜まっている。これについて、そんなに時間は掛けられない。
私は自室を後にすると、同区画にある研究室に入った。
そこには、壁際に縫い付けられるようにして拘束されている、肉の塊がある。その傍には、頭から爪先まで、血まみれになりながら作業をしている男の姿があった。
「進捗はどう?」
「ああ、見ての通りですよ。かなり癒着が進んでいて、ここまで削るのに苦労しました。でも、もう少しかな」
ふう、と息を吐いて、彼は疲労が溜まっているのか。片手でこめかみを押さえた。これはいつもの彼の癖で、見慣れたもの。
そろそろ薬がきれる頃なのだろう。それでも耐えて私の為にこうして頑張ってくれているのだから、なかなかどうして健気なものだ。
「早くして欲しい」
「だったら貴女も手伝ってください、よ!」
肉塊から余分な肉をそぎ落としながら、男は私に文句を言う。それを聞いて私はやれやれと肩を竦めると、ナイフを一本手に取った。
「貸してみなさい」
男を肉塊の前から避けると、私はそれに一つ切れ込みを入れた。そうしてそこに手を突っ込むと、グニグニと中をかき混ぜる。
しばらくそうしていると、不意に私の腕を何かが掴んだ。確かな感触に、私はにやりと笑って手を引っ込める。
そうすると、ズルズルと中から目当てのものが這い出てきた。
夥しい肉片と、血の池から顔を上げたそれは、受け止めた私の顔を見て、一瞬呆けたような表情をする。それから、嬉しそうに笑った。
「私のことがわかる?」
「アリシア!」
「そうそう、えらいね。ご褒美にキスをしてあげよう」
血まみれのそれに、私は口付けをした。腔内を舌先で蹂躙すると、とても濃い血の味がする。それをひとしきり楽しんだ後、私は彼を手放した。
「君の顔は好みだけど、残念なことに私は無性愛者なんだ。これ以上を望むのなら、ちゃんと成果を出して私を喜ばせて欲しい」
私の発言に、彼は意味がわかっていないようだった。
口元に付着した血液を手の甲で拭うと、傍に控えていた男に指示を出す。
「少し退行しているようだけど、意思の疎通は出来る。調教すれば充分な成果を見込めるはずだ。そうだなあ、期日は半年後。それまでにきっちりと済ませて、私が大丈夫だと判断したら部隊に配属させよう」
「……その、調教とやらは誰がするんですか?」
「もちろん、君しかいないね」
そう言うと、彼は深い溜息を吐いてこめかみを押さえつけた。
「いや、でも……それは」
「同族嫌悪を感じるだろうけど、適任は君しかいないんだ。頑張って欲しい」
「ううっ、いやだあ。何が好きでこんな奴の面倒を見なきゃならないんだ」
泣き言をいいだした男に、私は彼の頭を抱き寄せてよしよしと撫でてやる。
「ギル、頑張ってくれたならそれなりの褒美も取らせる。何が良い?」
「じゃ、じゃあ……いまアイツにした以上のこと」
「つまり、私のことを抱きたいって?」
「……そうなりますね」
恥ずかしそうにもじもじと言い淀んだギルを見て、私は可笑しくなった。彼に恋愛感情も性欲も抱いていないけれど、それでもかわいいとは思える。
弟をかわいがる気持ちに似ているかもしれない。
「いいよ。有言実行してくれたら、それでいい。半年後、楽しみにしていてくれたまえ」
撫でていた頭を離すと、私はそれだけを言い残して退室する。
部屋を出て行く直後、嬉しそうな男の声が聞こえた気がした。
===
彼女が出て行ってから、俺はコイツにこれからのことを説明した。理解しているのかはわからない。それでも、コイツを使えるようにしろというのが彼女の指令だ。ならば、俺はそれを絶対に叶えなければならない。
「――というわけだ。これからお前の面倒を見ることになった。正直気は乗らないが……あんなこと言われたらやるっきゃないよなあ」
こめかみを押さえて、俺は文句を言いながらもソイツに話しかける。
だが、何を始めるにしてもまずは名前を決めるところからだ。流石に俺と同じ、は少し……いや、かなり嫌だ。
「名前の希望はあるか?」
「……なまえ?」
「聞いてもわからねえよなあ。まあ、とりあえずは666番でいいか。他に何か良いのあったらその都度言えよ。名前なんてただの記号だが、ないと不便だからな」
努めて笑顔を向けると、俺の笑みを見てソイツは笑った。その笑顔が、昔の俺に本当に似ていて、憂鬱になりながら、俺はこめかみを押さえながら深い溜息を吐いた。
平行世界のトラゴディア 空夜キイチ @kurowa0602
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