10円

 全国津々浦々にある青の電話から赤の電話へ繋げる。

 まずは生存確認、次にその土地でどう過ごしたか、地元でどう過ごしているか。

 締めくくりの言葉は、修行の成果は着実に現れている。


 いつもと変わらないやり取り。

 電話を済ませればまた修行に赴くはずだった。


 途中で熊とさえ遭遇しなければ。






 救急車のけたたましい音よりも。

 待っていると笑うあいつの声で意識が途切れた。











 律儀に放課後を待って。

 足花の住居兼修理屋と花屋を営む店『天外てんがい』へと向かった足花と俺。

 店先には桔梗の花が一択。ごちゃごちゃしていてお世辞にも綺麗とは言えなかった店内の、出入り口付近で作業をしていた人物が足花に話しかけた。


「おけーり。ゆーちゃん。麦茶でも用意してやろうか」

「ただいま、じいちゃん。麦茶は自分で用意するからいいよ」


 見事な白髪の角刈り、鋭い目つき、いなせな身のこなしの七十代の男性は、足花のじいちゃんのようで。

 小さく会釈をしてお邪魔しますと言ってから、何気なしに足花のじいちゃんの手元を見ると、赤の電話が目に入り。

 途端、青の電話がけたたましく鳴り始めた。

 俺が足花に目配せすると、足花が急ぎ外階段を上って自分の部屋へと誘導してくれた。


「十円玉を入れろ」


 切れるのではないかと漠然とした不安から焦る俺に反して、ゆったりとした動作で十円玉を見せつけてきた足花は俺の後ろに回った。

 かちゃん、ちゃりん。

 受話器を取る音、十円玉を入れる音が骨まで響いて来たかと思えば、白昼夢に出た女性の声が頭の中に直接聞こえてきた。


「………は?」

「遭遇した熊に闘いを挑んだ。まずは飛び跳ねて眉間に連続五撃、左右の目にそれぞれ三撃、拳を打ち込んでから、体勢を低くした熊の口の中に手を突っ込んで舌を掴んでそのまま背負い投げをくらわせようとしたら、手が滑って、頭を地面に激しく打ちつけた。偶然通りかかった猟師が無線で救急車を呼んでくれた。だから、熊には負けてないって伝えて。だそうよ」


 足花は俺が聞こえてないと思ったんだろう。

 いや、一言一句足花が言った通りに、俺も聞こえたんだが。


「は?」


 いやいやいやいや。

 いや。

 そんな目で見んなや。

 しょーがねばし。

 呪いをかけられてからこっち、親父にも相談して、立てた予想は違ってったんだからよ。

 もっと悲壮な言葉や愛の告白とか考えてたんだからよ俺は。


「おい」


 見切りを付けられたのか何なのか。

 俺には目もくれず部屋を出て、廊下を歩き、玄関扉を開けて、外階段を下りて行った足花は迷いなく店内へと入り、足花のじいちゃんに伝えていた。


「ん?ああ。ばーちゃんが当時の記憶を取り戻したんか?」

「うん、そうみたい。さっき、わざわざ私に電話してきたの」

「わざわざ慰安旅行先から。はあん。本当に負けず嫌いだな、ばーちゃんは」

「うん」

「ん。伝えてくれてありがとな。帰ってきたら、久々に誘ってやるかな」

「うん。修理に夢中だって、ばあちゃん拗ねてたから喜ぶよ」

「おう」




 いや。

 いやいやいやいや。

 どーゆーことだよ!?




「田中こころ、から、足花かがりへ。電話の最後にそう言ってたでしょう。私のばあちゃんとじいちゃんの名前。最速で解決してよかったわね。青の電話が消えているわよ」

「え、まじ。やった」


 足花の部屋に戻り。

 急展開に青の電話消失まで頭が回らなかった俺は、けれど、混乱の渦からまだ抜け出せずにいた。

 ので、整理しよう。

 えー。つまり。

 白昼夢に出た女性は、足花のばあちゃんで、死んでなくて。

 足花のじいちゃんに熊に負けたと思われたままだったのが無念で無念で誕生した残留思念、みたいなもんで。

 その熊と遭遇した地点にいた、能力の強い俺に伝言を託そうとした。


「電話なんかまだるっこっしいことしないで直接俺に伝言を頼めよな。名前も言ってくれりゃ、親父の伝手でどーにかできたのによ」

「電話と熊の思念が強かったんじゃない。熊に遭遇したことは覚えているけど、どんな行動を取ったのかを忘れたのが悔しいって言っていたし、全国津々浦々武者修行していたばあちゃん、じいちゃんに電話するのが何よりも楽しみだったみたいだもの」

「足花のばあちゃんは何の修行をしてたんだよ?」

「護身術の普及活動をしながら、無差別格闘技の修行をしていたの」

「へえ。かっけーな」

「うん。自慢のばあちゃん」


 ふーん。無邪気に笑えんのか。

 何となく、ふーんと心中でもう一度呟いて、くずしていた足を正して姿勢よく座り直してから、世話になったと深々と頭を下げてゆっくりと上げたら、足花も正座になって、ありがとうございましたと真っ向から見つめて、頭を下げた。


「ああ、いや、別に」


 居心地が悪くなって、しゃりしゃりと坊主頭を撫で回してから、今度また礼の品を持ってくるわと言って、家を後にした。














「見えるか?」

「見えないけど」


 帰宅して、夕飯の用意をして、父親と夕飯を食べて、風呂に入って。

 釈然としない気持ちをとりあえず横に置いておいて、さあ仰向けで眠ろうとした時。

 なぜか。

 盛り上がる背中。弓のように半弧を描く背中。クッションなんか使ってねえのになと半笑いしながら、鏡の前で横に向けば背中に見えるは。

 緑の電話。

 断末魔が部屋と言わず、一軒家を襲った。


 次の日。朝日を待ってから足花の家へとひた走り押し鈴を一度鳴らす。幸いにも足花本人が出てきて、期待しながら背中を向けるも、残酷な言葉が返ってくるだけ。

 頭を抱える俺に、足花は協力するわよと言ってくれた。

 菩薩か。

 思わず拝みそうになる手を腰に押し留めて、助かると頭を下げた。




 それからも四度俺は電話を背負うことになっては、足花に手伝ってもらうことになるのだが。


 それはまた、時間がある時にでも。











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青色の電話 藤泉都理 @fujitori

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