番外編 (下)

 竜二君の話をしていたら、まさかの本人登場。

 口に含んでいたビールを吐き出しそうになるのを何とか堪え、目を丸くしながら着席する竜二君を見る。


「な、ななな何で竜二君がここに?」

「前園さんから連絡を頂きました。悟里さんが面倒なことになっているから来てほしいって。おっと、悟里さんじゃなく、『サトリン』さんと呼んだ方がよかったでしょうか?」

「やめて!」


 そりゃあ何度か妄想はしてたけどさ。いざ本人に、しかもこんな人の多い所で呼ばれると、嬉しさよりも恥ずかしさの方が勝るわ。

 と言うか竜二君だって、まだ飲んでいないのに顔真っ赤にしちゃってるし。恥ずかしいなら無理するなー!


「前園ちゃ~ん、どうして竜二君を呼んだのさ~」

「火村さんがウジウジ悩んでたからですよ。こういう時はちゃんと本人に話すのが一番です。御堂さん聞いてくださいよ、火村さんってば今日……」


 や~め~ろ~! 

 お弁当作って持って行ったとか、若い女の子と楽しそうに話してるのを見てショックを受けたとか言うなー!


 だけどそんな叫びも虚しく、前園ちゃんはあたしがぼやいていたことを、全部ぜーんぶ竜二君に話しやがったよこんちくしょー!


「……と言うわけなんです。分かってもらえましたか?」

「なるほど、よーく分かりました。つまり悟里さんは、僕の浮気を疑ってると言うことですね」

「え、ええと、それは……」


 どうしよう。さっきは思わず浮気者ーって叫んじゃってたけど、本人を前にすると申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 と言うか、いきなりこんなことを言われたら、いくら温厚な竜二君でも怒るんじゃないかなー。と思ったら。


「悟里さん。不安にさせてしまって、すみませんでした」


 って、あれ? 予想に反して、頭を下げられちゃった。

 いや待て。ここで頭を下げるってことは。


「謝るってことは、やっぱり浮気してるの!?」

「いいえ、断じて違います。悟里さんが見たと言うその子は、おかさんと言う、最近うちの部署に入った後輩です。ですが彼女は僕以上のオカルトマニアで、恋愛には興味がないという子なので、浮気のしようがありませんよ」

「へ? そ、そうなの?」

「はい。スマホの待ち受け画面を貞○にしていて、もしもジャ○ーズのアイドルと河童のどちらかとデートできるってなったら、迷わず河童を選ぶような子です」


 ジャ○ーズよりも河童って、気は確かか!?

 それはまた、ずいぶんなオカルトマニアだ。可愛い子だったのに、勿体ないなあ。


「けど、不安な気持ちにさせてしまったのは確かです。岡流戸さんと幽霊や妖怪の話をしていたらつい盛り上がってしまって、そこを悟里さんに見られてしまったみたいですね。すみません、オカルトトークができる新人が入ってきたのが嬉しくて、つい熱くなってしまっていました」


 オカルトトークで熱くなるあたり、やっぱ竜二君も相当なオカルトマニアだよ。

 けどそういうことなら、気持ちはわからないでもないかも。


 あたしはプロの祓い屋だけど、御堂君やその子ほど幽霊や妖怪のことが大好きというわけじゃない。

 もちろん嫌いって訳でもないけどさ、職業としてオカルトに関わっているあたしと、趣味でそれらが大好きな御堂君とでは『好き』の種類が違う。トークをして熱くなって盛り上がるとしたら、あたしよりも同じ目線であるその子の方だろう。


 それはそれでちょっぴり嫉妬しちゃうけど、まあ仕方がない。

 今まで作られてきた意識や考えは簡単には変えられないし、だいたいプロであるあたしが幽霊妖怪ラブになっちゃったら、下手すりゃ仕事に支障が出ちゃうものね。


「ですが、勘違いしないでください。岡流戸さんと話すのは、確かに楽しいです。けどそれはあくまで、趣味の話が合うというだけ。僕が好きなのは、悟里さんだけですから」

「―—っ!?」


 相変わらず彼は不意打ちで、砂糖みたいな甘い言葉をぶち込んでくれるわ。


 わ、わわわ分かった。竜二君があたしのことを愛してくれているのはよーく分かりました!


「ごめんね。変に疑っちゃって」

「良いんですよ。勘違いは、誰にでもあることですから」


 あたし以上にホッとした様子の竜二君。だけど、胸のキュンキュンはまだ取れない。

 すると、あたし達の様子を見かねた前園ちゃんが、話をしめてくる。


「はいはい。甘ったるい空気はそこまでです。御堂さんもせっかく来たんですから、飲みましょう」


 ふう、助かった。あたしもくすぐったくて仕方がなかったんだよね。

 これ以上甘々な言葉を囁かれてたら、心の糖尿病になっちゃってキュン死にしちゃうところだったよ。


 だけど竜二君、ふと何かを思い出したようにグラスを置いて、おもむろに尋ねてくる。


「そういえばさっき、気になることを言っていましたよね。確か、いずれは結婚して……でしたっけ」

「ぶはっ!?」


 飲んでいたビールを、吹き出しそうになる。

 そこをほじくり返すの!? スルーしてくれてもいいんだよ!


「悟里さんはやっぱり、そうなりたいって事ですよね」

「え、ええと……そ、そりゃあまあ。あたしも女だしさ、結婚とか新婚生活に憧れると言うか、ちょっとはそういう願望があったりするわけだけど。で、でも気にしないで。ただの酔っぱらいの戯言だから」

「いいえ、そういうわけにはいきませんよ。実は僕も、切り出すタイミングを伺っていたのですよ。だからもう少し待っていてください。いずれ必ず、貴女にプロポーズしますから」

「あ、ありがとう。その時は、よろしくお願いしますね」


 ぎこちないながらも、何とか返事をしたけどさあ。いずれって言うか、これはもうプロポーズしたも同然じゃないの。

 これ以上先伸ばしする必要って、ある?


 ん、待て。もしかして指輪か? 結婚指輪を用意するから、もう少し待てということか?

 片膝をついて指輪を差し出しながら、「僕と結婚してください」っていう、アレをやりたいってのか!? キャー♡


「分かった。だったらあたし待つわ。いくらでも待つわ!」

「はい、楽しみにしててくださいね」


 もう飲み始めた当初の憂鬱な気持ちなんてすっかりどこかにいってしまい、竜二君にべったりだ。

 竜二君からのプロポーズ、楽しみだなー。はっはっは、『ダーリン』、『サトリン』と呼び合うようになる日は、そう遠くなさそうだ。


 そしてそんなあたし達を見ながら前園ちゃんは、「私は何を見せられているんだか」とぼやくのだった。



 

 それからしばらくして、竜二君から指輪を貰ってプロポーズをされるわけだけど。

 この後のお話は、『祓い屋OL 火村悟里のドキドキ新婚生活!』に続……きません。



 おしまい。

 

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幽霊祓いが飯の種。祓い屋OL、火村悟里の事件簿! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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