52.海の守護神怒る

「良かった! 三人とも無事だったんだね!」


 深色はクラスメイトの三人がまだ生きていたことを知り歓喜の声を上げたが、画面に映る三人とも酷くやつれていた。うち一人であるマユっちは脱水症状を起こしているらしく、顔を青くしたまま砂浜に倒れてしまっている。砂浜に大きく「SOS」の文字が描かれていたが、こんな海の真ん中にある孤島で地上の飛行機や船に見つけられる確率は極めて低いだろう。


(三人とも放っておけない! 助けなきゃ!)


 深色はすぐさま、攻撃準備を進めるランド艦長の前に立ち、両腕を広げて彼を押し止めた。


「艦長待って! 今すぐ潜水艦への攻撃を止めて!」


 突然アクアランサーからそう告げられた艦長は驚き、同時に不服そうに眉を歪める。


「攻撃を止める? なぜ? 敵はすぐ目の前に居るというのに」


「攻撃を止めて、今すぐこの船の進路を、この先にある無人島へ向けて! そこに遭難した私の友達が居て、みんな助けを求めているの。彼女らを放ってなんかおけないよ!」


 深色は必死にそう訴えるが、ランド艦長は眉をしかめたまま唸った。


「確かに遭難者を救いたいお気持ちは分かりますが、我々の任務は、反王国組織の旗艦である『モビィ・ディック』の捜索、および破壊であります」


「でも、この船はパトロール艦なんでしょ? それなら人命救助だって、立派な任務になるんじゃないの?」


「モビィ・ディックの捜索と破壊は、国王直々に下された命令であり、最優先任務であります。例え多くの地上人が助けを求めていようと、我々には我々のすべきことをしなくてはならないのです」


 深色はぐっと奥歯を噛み締める。この頑固で融通の利かない艦長を前に、深色は自分の体の奥底からじわじわと怒りが湧き上がってくるのを感じた。


「じゃあ何? あの潜水艦を沈めるためなら、遭難者たちを見捨てたって構わないって言いたいわけ?」


「現在遂行している任務は、国王より与えられし神聖な任務なのです! 野蛮な地上人数名を救うことだけのために、この任務を放り出すことはできません!」


 その言葉を聞いた途端、深色の脳内で何かがプツンと切れた。気付けば反射的に体が動き、彼女は持っていた三叉槍の尖った矛先を、ランド艦長の喉元に突き付けていた。


「ち、ちょっと深色⁉ 艦長に向かってなんてことをするのさ!」


 クロムが驚きのあまり声を上げる。艦橋に居た士官たちも驚き、咄嗟に腰に差していた小型の拳銃を抜いて深色へと向けた。


「……今すぐ、進路を無人島に変更して。でなきゃ、アンタの喉元をこの槍で貫くよ」


 鋭い目付きで睨み付けられた艦長は、青い顔をして声を絞り出した。


「い、一体どういうおつもりですか? 勇敢で神聖な、王国の守護神であろうお方が、なぜこのような真似を……」


「うっさい。いいから、今すぐ進路を変更しなさい。今の私だって王国の守護神、つまりアンタたちからすれば神様ってことなんでしょ? なら、私の言うことも、アンタにとってはってことになるんじゃないの?」


 ランド艦長は歯噛みして再び唸った。艦橋は一瞬にして張り詰めた空気に包まれ、まさに一触即発という雰囲気の中、深色と艦長の無言の睨み合いが続く。


 やがて、喉元に矛を突き立てられた艦長は、固唾を飲んで首元のスカーフを緩めた。


「……分かりました。ここはアクアランサー殿の指示に従いましょう。しかし、いくらアクアランサー殿とはいえ、艦長に矛先を向けたのは立派な反逆罪です。それ相応の罰を受けてもらわなくてはなりませんが、その覚悟はおありなのですか?」


「罰なんて後で幾らでも受けてあげるわよ。ただしその代わり、遭難者の三人はきちんと地上まで送り届けてあげること。それが条件よ」


「………良いでしょう。全員、武器を下ろせ。操舵士、モビィ・ディックの追跡をやめて無人島に進路を変更しろ」


 艦橋に居た士官たちは、艦長の命令を聞いて銃を下ろした。操舵士も艦長の指示に従い、逃走するモビィ・ディックの追跡をやめて、進路を無人島へ変更した。



 潜水艦モビィ・ディックは、突如現れた王国軍パトロール艦の奇襲攻撃を受け、多大な被害を被っていた。


 先ほどの魚雷攻撃は、ヴィクター艦長の咄嗟な判断のおかげで、放たれたデコイに全て命中し直撃は免れていた。しかし爆発の衝撃が凄まじく、艦の各部で浸水や火災が発生。艦橋も爆発の衝撃を受け、メイン電力は停止。非常用の赤色灯のみが、艦内を禍々しく照らし出していた。機器はショートして火花を散らし、配管からは噴水のように水が溢れている。乗組員はミキサーでかき回されたような船内でもみくちゃにされ、フラフラで立つのもやっとという状態だった。


「か、艦長! 敵のパトロール艦が進路を変更しました! 我が艦から離れていきます!」


 振り落とされないようレーダー機器にしがみ付いていた乗組員の一人が声を上げた。


「進路を変更しただと?」


 ヴィクターは車椅子から落ちてしまったアッコロの肩を持って起き上がらせ、再び彼女を車椅子に座らせた。


「怪我はないか?」


「私は平気……でもヴィクター、あなた額から血が――」


「俺のはかすり傷だ、心配するな」


 ヴィクターはそう言って船長帽を深く被り直し、混沌と化した艦橋を見回す。


「手酷くやられたな。損害は?」


「艦首魚雷発射管、一番から三番まで損傷。艦尾魚雷発射室浸水、ミサイル垂直発射セル四番、五番、七番と十一番が使用不能。機関室と火薬庫で火災発生。その他各区画で浸水や火災を確認しています」


「……魚雷も使えず、機関室は火災で現状の速度を保ちながら逃げるので精一杯。明らかにこちらが不利な状況だったというのに、なぜ奴らは追跡をやめたんだ? 今なら一撃で俺たちを沈められたはずなのに……」


 ヴィクターは、敵の予想外の動きに困惑していた。相手を崖っぷちまで追い詰めたにもかかわらず、止めも刺さずに相手の方から戦線を離脱してしまったことに、一体何の意味があるというのだ? 敵側が何を目論んでいるのか、全くもって検討が付かなかった。


「だが、こちらとしては好都合だ。この先に俺たちの秘密基地がある。そこに辿り着ければ、この艦も修理できるだろう。敵の奴らも馬鹿ではない。俺たちの行く先だって予測できているはずだ。先に秘密基地で補給と戦闘準備を整え、後からやって来る奴らを迎え撃つ」


 ヴィクターは機関室の火災を速やかに鎮火させるよう乗組員に命じ、最大出力でこの海域から離脱するよう指示を出した。


「アッコロ、近いうちにまた奴らと一戦交えることになりそうだ。お前もしっかり準備しておけ」


 そうヴィクターに言われて、アッコロは唇を引き締める。


(……また、あの子と戦わなくちゃならないの………)


 以前、神殿で戦って以来、アクアランサーである深色と戦うことに対し、秘かに罪悪感と嫌悪感を感じていたアッコロ。しかし、彼女が王国側に組する限り、戦いは避けられない。


 アッコロは覚悟を決めたようにすぅと息を吸い込むと、車椅子を動かして艦橋を離れていった。

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蒼海のアクアランサー ~槍に集いし海底王国の守護神たち~ クマネコ @kumaneko114

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