51.白鯨との闘い
アテルリア海軍のパトロール艦「ムーンテラピン」の艦橋は、亀の形をした船の頭部にあり、突き出た頭部の中には、まるでSF映画に出てくる宇宙船の中のような光景が広がっていた。
「状況を報告しろ」
艦橋へやって来たランド艦長が声を上げると、前方にある巨大なスクリーンが、潜水艦らしき艦影を映し出す。
「深度および速度変わらず、水深二千五百メトル、時速七十ノッドで北西に進行中」
操舵を担当する士官が現状を艦長に伝えた。どうやら相手はまだこちらの存在に気が付いていないらしく、逃げるそぶりも見せない。
「推進二千五百メトル……地上人の潜水艦でそこまで潜れば船体が持たない。しかも時速七十ノッドだと? さてはトレンチめ、海底人の技術を使って潜水艦を改造したのか…… よし、『鷹の目』を準備しろ。奴の腹の中身を見てやろう」
「鷹の目? なにそれ?」
艦長の後ろに付いて来たクロムが咄嗟にそう尋ねた。
「『鷹の目』とは、周囲十マイリの範囲内にある目標に特殊電波を照射し、艦船の内部を透視して、船に装備された機関や兵装を調べることができる超高性能スキャナーのことです。生体反応を拾うことも可能で、周波を上手く調節し対象を一人一人絞り込むことができれば、乗っている相手の姿や表情まで特定することも可能です」
「それってつまり、相手の船の中を勝手に覗き見ることができる装置ってこと? 何でそんな嫌らしい機能が付いてるのさ?」
「戦いでは、敵の情報をより多く握った者の方が有利です。このスキャナーで敵の武装や乗組員数、乗っている敵の司令官が誰なのかを把握し、得た情報から最適な戦術を算出して攻撃する。最も理に
率直に「嫌らしい」と感想を述べるクロムに対し、このスキャナー機能が与える戦術的な優位性について雄弁に語り聞かせるランド艦長。そんな中、深色は表情を曇らせたまま、事の成り行きを見守っている。
『鷹の目』の準備が完了し、特殊電波がモビィ・ディックに向けて照射された。すると、艦橋のメイン・スクリーンが切り替わり、潜水艦を拡大した映像が映し出された。しかもその映像は、まるで✕線写真を見るように、潜水艦の内部が半透明に透けて見えてしまっているのである。
潜水艦内には多くの生体反応を確認でき、乗組員たちがせわしなく艦内を右往左往しているのが見えた。まるで巣の中を動き回る働きアリたちの様子を遠目から観察しているようだ。画面はやがて潜水艦の艦橋部分にクローズアップされていき、狭い艦橋の内部が映し出される。艦橋にも乗組員がひしめいており、中には金魚鉢のようなガラスのヘルメットを被った乗組員も混じっていた。彼らの髪の色が青いことから、どうやらこの潜水艦には地上人と海底人が乗っており、協力して艦を動かしているらしい。
「艦橋の前方部分に周波を合わせろ。そう、そこだ! 奴がモビィ・ディックの艦長、ヴィクター・トレンチ。間違いなく奴だ。奴のおかげで、我々も何度煮え湯を飲まされたか分からん。今日こそ、この手であの白鯨を海の
潜水艦にヴィクター艦長が乗っていることを確認すると、ランド艦長の目に狂気の光が宿った。彼はどうやら、本気であの艦を沈めるつもりでいるらしい。深色は意気込んでいる艦長の隣で、必死になって画面に映し出された潜水艦透視映像の中から例の女の子――アッコロの姿を探した。
そしてようやく、艦橋に立つヴィクター艦長の隣に控える、車椅子に座った少女の姿を見つけた。コバルトブルーの髪色、それに頬に付いた傷跡、間違いなくアッコロだった。
(コロちゃん! でも、どうして車椅子なんかに?……)
そんな疑問を抱いた刹那、ランド艦長の声が艦橋内に響き渡る。
「各部、戦闘態勢に移行! 全隔壁閉鎖! 魚雷発射準備! 亀甲セル型垂直発射管、一から六番用意!」
艦橋内に非常警報がけたたましく鳴り響く。この間に兵装エリアでは発射管に魚雷が次々と装填され、瞬く間に発射準備が整ってしまう。
「目標、前方を進む大型潜水艦『モビィ・ディック』! 全魚雷発射!」
艦長の合図で、ムーンテラピンの甲羅部分に刻まれた亀甲の六角セルが一斉に開き、白い気泡と共に魚雷が次々と撃ち出された。発射された計六本の魚雷は、攻撃目標のモビィ・ディックに向かって直進し、暫くして、遠くの方で白い閃光が瞬き、続けて爆音と振動が六回、立て続けにやって来た。
「相手も接近する魚雷に気付いたらしく、寸前にデコイを発射して魚雷を防いだようです。しかし至近距離で炸裂したため、相手の被害も甚大と思われます」
スキャナー担当の士官が魚雷を受けた相手艦の現状を報告する。アッコロがどうなったのか気が気でない深色は、スキャナー担当士官が見ている透視画面を後ろで覗き込み、潜水艦内がどうなっているのかを秘かに確認する。
モビィ・ディックの艦内は大混乱に陥っていた。あちこちで火災や浸水が発生し、炎に巻かれて逃げ惑う者や、どうにか浸水を食い止めようとする乗組員の姿が見えている。艦橋でも凄まじい衝撃に見舞われたせいで、乗組員のほとんどが倒れてしまっていた。アッコロの乗っていた車椅子もひっくり返り、彼女は床の上に投げ出されてしまっている。
「そんな、コロちゃん……!」
あまりに酷い惨状を目にした深色は、思わず声を上げてしまう。このまま攻撃を続ければ、間違いなくモビィ・ディックは沈んでしまうだろう。
「よし! いいぞ! このまま止めを刺してやる。魚雷七番から十二番用意! 一気に畳み掛けるぞ!」
しかし、ランド艦長は心配する深色のことなど気にも留めず、相手が怯んだのを見て歓喜の声を上げ、間髪入れずに次の攻撃準備を指示してゆく。これではまるで一方的な殴り込みだ。同じ種族の海底人もあの艦に乗っているというのに、見境無く攻撃するなんておかしい。
(なによ、好戦的で野蛮なのは艦長のほうじゃない!)
深色は攻撃を止めないランド艦長をキッと睨み付け、どうにかしてアッコロを救い出す方法がないかと思案を巡らせた。
(何とかしてモビィ・ディックへの攻撃を止めさせないと……)
――と、その時深色はふと、士官の見ているスキャナー画面の横にある別のモニターに目が行く。その画面には海図が映し出されており、海図の中を青い矢印が進んでいる。そして、矢印を中心に大きな円が描かれており、赤い点が二ヶ所点滅していた。
おそらく青い矢印は、この船のことを指しているのだろう。とすると、矢印を中心に広がる円は、艦長の言っていた高性能スキャナーの索敵範囲だろうか? ならば、この赤く点滅する点は何だろう?
「あの、この点滅している赤い点は何を示しているんですか?」
深色はスキャナー担当の士官にそう尋ねてみると、士官は「それは生体反応ですよ。スキャナーが半径十マイリ以内にある全ての生体反応を示しているんです」と答えた。
となると、この赤い点は地上人もしくは海底人の居る場所を示しているということになる。そして、青い矢印――つまりこの船の前方で点滅しているのは、モビィ・ディックに乗艦する乗組員たちの生体反応だ。
しかし、生体反応は前方を行くモビィ・ディックの他に、もう一ヶ所点滅していた。そこは海図で見ると小さな島になっており、島の上に誰かが居ることを示している。しかもその島はとても小さな島で、住人がいるとはとても考えられない。
(――ってことは、まさか……)
深色は咄嗟にスキャナーを見ていた士官に声をかける。
「ねぇ、ここに映ってる生体反応を拡大してみて」
突然横から口出しされた士官は動揺するも、相手がアクアランサーだったこともあり、素直に従って孤島にある生体反応を拡大する。
すると、画面には小さな島の砂浜に立つ三人の人物が映し出された。一人は砂浜に体を横たえ、残る二人が看病するように横になった者の傍に付き添っている。三人とも女の子だった。
「やっぱり! きっと遭難者だ! 顔を拡大してみて!」
深色の言われるままに士官が画面を拡大する。モニターは、島に取り残された三人の遭難者の顔をはっきりと捉えた。
――そして、三人の顔を見た途端、深色は言葉を失う。
「……うそ……あれって、カナたん⁉ それにマユっち、ミヤぴーまで!」
孤島に取り残されていたのは、かつて深色の通う高校のクラスメイトであり、修学旅行中の飛行機事故で死んだと思われていた、三人の女友達だったのだ。
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