魔法の水着

カチ りょうた

魔法の水着

「先生ー!瀬尾さんが漏らしてまーす!」

有栖川さんのその一言から私のいじめは始まりました。

私はその日有栖川さんに休み時間毎に呼び止められてトイレに行けず授業中に漏らしてしまったのです。それからというもの、有栖川さんを中心とした数人から酷いいじめを受けました。「汚い」と言って物を捨てられたり、無視されたり、笑われたり。他のクラスメイト達はそれが自分達に向かないように見て見ぬふりをしていました。両親が厳しいこともありいじめについて相談できず毎日辛い日々を過ごしていました。

やがて夏になりました。その頃になると有栖川さん達は私に暴力を振るうようになっていました。ぼろぼろになりながらなんとか保健室へ辿り着くと、優しい笑顔に出迎えられます。

「いらっしゃい、手当てしましょう」

保健室の先生である黒川先生は唯一私の話を聞いてくれる先生でした。

「瀬尾さん、貴女に良いものを貸してあげる」

「良いもの?」

「『魔法の水着』よ。それを有栖川さんに着せなさい」

黒川先生に渡されたのは何の変哲もないスクール水着でした。

「大丈夫。きっと良いことがあるわ」

私は何故かその言葉を信じました。自分でもよく分からない何かに動かされるように気付けば有栖川さんの水着をすり替えていました。有栖川さんは『魔法の水着』を着て水泳の授業を受けていましたが、その時は何も起きませんでした。

それが起こったのは授業が終わった後、更衣室で着替えていた時でした。

「水着が脱げない!」

有栖川さんがそう騒ぎ始めたのです。

水着はまるで有栖川さんの肌と一体化しているのではないかと思うくらいピッタリと張り付いて脱げません。他の人が脱がそうとしても同じでした。結局有栖川さんは水着を着たまま制服を着ていました。

次の授業、有栖川さんは水着が気になるのかずっとソワソワ落ち着きがない様子でした。私はその時偶然にも有栖川さんの後ろの席だったのでそれがよく見えました。チラチラと時計を確認したり、意味もなく教科書を捲ってみたり、突っ伏してみたり。そんな動きを繰り返していたと思ったら、突然俯いて固まったり。私はそんな有栖川さんから目が離せませんでした。

突然、有栖川さんの動きが止まりました。私は有栖川さんを見続けました。じわじわと変色していくスカート、椅子から垂れ流れる液体。

「先生!有栖川さんがおもらししてます!」

私はそう叫んでいました。クラス中の視線が有栖川さんに集まります。

「見ないで!見ないでよぉー!」

その日以来有栖川さんは学校に来なくなりました。きっと私と同じような目に遭うのが怖かったのでしょう。いじめの中心人物だった有栖川さんがいなくなったおかげなのか、私へのいじめはなくなりました。相変わらず一人でしたが、いじめられるよりはずっとましです。

その後『魔法の水着』がどうなったのか気になって有栖川さんが着替えたであろう保健室を訪ねましたが、黒川先生はいませんでした。どの先生に聞いても「黒川先生なんていない」と言われてしまいました。今でも黒川先生が一体誰だったのか分からないままです。

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