SHOWCASE

とあるカフェ店員

序章は煙を添えて

 次のオーディションに向けての曲の歌詞を書き終えたのは、空が明るみ始めた位の時間だった。スマートフォンから流れていた音声が少しだけ途切れ「今日はこの位にしておこうかな、では来てくれた人ありがとう。また来週会いましょう。それでは」と、喋っていた人が言うとBGMが少しだけ大きくなりやがて、消えた。いつもこの放送は午前五時に終わる。思ったよりも時間が経っていた事に少しだけ驚いたが、特に焦る事も無い。一息つこうと部屋を出て、少しだけ廊下を歩いた先にあるベランダへと向かう。ドアを開けると少しだけ肌寒く、何か羽織っておけばよかったと少しだけ後悔したが煙草に火をつけた。少しずつ彩度が増していく青い空を眺めながらぼう、と煙を吸っては吐き出していると不意にさっき開けたドアが開いた。

「お疲れ。まだ起きてたのか」

「うん、今やっとひと段落したところ」

 ぼさぼさの髪に上下グレーのスウェットで現れた彼は

「そうか」

 そう一言で僕に返すと自分のたばこを取り出し、火をつけた。

「そういえば、次のオーディションはいつなの?」不意に尋ねる彼に僕は

「再来週の金曜」と、一言で返す。

「ふーん」と、彼は興味が有るのか無いのかわからない曖昧な返事を僕に返すとふう、と煙を吐いた。

「今日はなんでこんな時間まで起きているの?」

「ずーっとゲームしてた。耐久配信なんてやるもんじゃねえな。日付が変わる前には終われると思っていたんだけど、今日は運が悪くてなぁ。自分からやると言ってしまった以上、途中で終わるわけにもいかなくて気が付いたらこんな時間だった」

「明日は……いや、今日か。仕事?」

「んーや、休みだよ。じゃなければ今こんな所でゆっくりタバコなんて吸ってねえよ」

「それもそうか」

「だろ」

 そんな短い会話が終わると彼は自分のスマートフォンに目を落とした。

 僕は二本目の煙草に火をつける。キン、とジッポーの小さい音が響く。さっきよりも明るくなった空に煙を吐き出し、その行方を眺めていると突然彼が「あー、彼女欲しい。」と顔を空に向け少しだけ大きな声で呟いた。

「この前言ってた子は?」

 僕の問いに彼は無言で首を振り、

「明日は休み、予定ナシ。あとはわかるだろ?」

 彼のその言い草に少しだけ笑うと

「何笑ってんだよ」と、僕の肩を少し小突いた。

「あーもう怒ったもんね。ラーメン奢ってくれないと許さないもんね。もうしーらない」

 なんていう彼に僕は笑いながら

「はいはい、わかったわかった。じゃ、今日の十二時に玄関前集合な」

 そう言うと彼はニッコリ笑い

「よっしゃ許した。車は俺が出すな、店はいつもの所で。チャーハンもつけるからな、覚悟しとけよ!それじゃおやすみ!」とだけ言うと煙草の火を消して早々と去っていった。

 今日は夕方から配信の予定が有るのだけれど……という間もなく置いて行かれてしまった僕は「ま、いっか」と独り言を呟くと煙草の火を消して部屋へと戻る事にした。これがいつも通りのやり取りなのである。部屋に戻り電気を消した所で財布の中身が少し気になったが、強く目をつむって考えないようにした。カーテンの隙間からもう既にオレンジの光が部屋に差し込み始めていた。


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