野良連盟

「へー。銀行強盗なんて出たんだ。いいなー。アタシも見て見たかったー」

「いいなーじゃないわよ。遊んでた訳じゃないんだから。武装もしてたし、日本って治安がいいって聞いてたんだけど間違いだったわよ」

「二人共、あんまり危ない事しちゃだめよー?」


 ミチコがキャサリンに景品としてあげたおやつを僕らの分まで用意してくれたので、カウンターについて頂きつつ、今日の出来事についての雑談をする。まぁ話しているのは僕ではないのだが。

 それにしても、銀行強盗を成敗してきたという普通ならホラだと言われそうな話をまともにしているのも面白い光景だが、それに対しての二人の反応も中々に可笑しなものだ。出会ったばかりなので何とも言えないが、キャサリンは好奇心旺盛な無邪気な子という印象があるので、あまり深く考えての発言ではなさそうだ。しかし、大人と言って間違いないだろうミチコに関しては注意するような口ぶりではあるものの、そこまで気にしてはなさそうだ。

 信頼関係というものなのだろうか。普通の大人であれば、子供達がそんな危険な事をしていると分かれば無理やりにでも止めそうなものだが。いや、アリスがここをアジト等と呼んでおり、そこの家主が委員会に野良の魔法少女の存在を伝えていない時点で、世間一般の「まともな大人」からは外れる人物なのだろう事は想像がつく。

 あんまり話に入れるような状態でも性格でもないので、キャサリンと同様にちびちびとミルクを飲みながらクッキーを頂いていると、その様子を見ていたアリスがこちらへと話題を振る。


「私達の関係が気になる?」

「まぁ、それなりには」

「そうでしょうね。とはいえ、あんまり難しい話でもないのよ。特に今のご時世、珍しくもなんともないわ」


 一人だけ非常に苦そうでブラックな珈琲を飲んでいるアリスが説明する。


「貴女は私が外国から逃げてきたって言うのは知ってたわよね?」

「まぁ、エンプレスに聞きかじったくらいの話なら。研究所ってところが『余計なお世話』をして、そこから逃げて来たんだよね?」

「ええ、その通りよ。それでこの国に逃げてきてしばらくした後に、丁度この辺で『ワンダラー』が出現してね。私はまぁ、色んな人達から追われる立場だったから、その時は怪物退治すらする余裕はなかったんだけど、流石に見捨てる訳にはいかなくて、思わず手を出したの」

「私が襲われている時にアリスちゃんが助けてくれたのよー。命の恩人よねー」


 『あの時は大変だったわねー』なんて、のほほんと穏やかに話すミチコの姿からは中々大変さは伝わってこない。しかし、実際に怪物が出現した場所では悪意のせいで体調を崩す人が大半であり、後遺症だって残る人もいる。当然仕事支障が出たり、会社やお店の付近であれば営業停止になる事だってよくある事だ。それだけでなく、『ワンダラー』が出現した場所へと訪れたくないと言う人だって、少数ではあるがいる。

 このアジトとして使われているお店も、その機能を十分に発揮していただろう時の原型がしっかりと残っており、素人目にだが見る限り整備も行き届いているので、最近までは営業もしていたのではないだろうかと想像できる。


「魔法少女の存在自体はテレビとかで知ってたから、あんまり驚きはなかったんだけど・・・。その時のアリスちゃんはもうすんごくお腹が空いていたみたいでね。倒れそうになってたから警察やら救急車やらを呼ぼうとしたんだけど、止められちゃって・・・。それならおうちに連絡しないとと思ったけど、それも出来ないって言われちゃって」

「あんまり迷惑は掛けたくなかったんだけど、事情を説明したら匿ってくれるようになったのよ。その時は指名手配も受けていたし、危険だって言ったんだけど、ミチコはこう見えて意外と頑固なの」

「子供は迷惑を掛けるものよ。それに、貴女は悪人には見えなかったし、実際に助けられたんだもの。恩を返さないなんて、家族が見ていたら激昂されちゃうわ」


 笑い合う二人は歳が離れていても、友人と呼んで差支えのない関係を築いているのが分かる。


「そういう訳で、お互いに助け合う形で、今現在はここに居候させてもらってるの。まぁ実際は、不干渉ではないけど、過干渉はしない関係くらいかしら?」

「ふーん・・・。それじゃ、キャサリンもその時に一緒にいたの?外国人って事は、この国の魔法少女じゃないんでしょ?いや、そうでもないのかな・・・?」

「似たようなものだけど、ちょっと違うわ。キャサリンは研究所にいた時に一緒に過ごしていた子よ。だけど、あの事件があって私が逃げ出した時には一緒じゃなかったの。この子はどさくさに紛れてこっそりと日本に来て、そこら中で泥棒を繰り返しているのをたまたま見掛けたから保護したのよ」

「ちょっと!?ワタシは泥棒でも強盗でもないわよ!ワタシは怪盗!!悪を誅して善を助ける、現代の義賊よ!!」


 キャサリンは椅子から飛び跳ねて立ち上がると、胸を張って自信満々に答える。

 あまりにも堂々と宣言する姿には後光が差しているように見えるが、対してアリスの表情は揶揄うようなものとなっている。


「義賊ねぇ・・・。私が見つけた時は依頼者から謝礼をねだっていたように見えたけど?義賊ってそういうものなのかしら?」

「うぐっ・・・。だって、その時はお腹が空いてたんだもん・・・」

「腹が減ってはなんとやらね。謝礼を受け取るのが悪いとは言わないけど、義賊というには綺麗すぎるんじゃないかしら」

「むぅ・・・。でもでも、怪盗には間違いないわ!」


 魔法少女からはかけ離れた、怪盗なんて単語が聞こえた。魔法を使って悪事を働いているのかと一瞬脳裏に横切ったが、義賊だなんて自称しているからには自身の正義を元に動いているのだろう。


「怪盗って?」

「この子、『ワンダラー』が出現した場所で窃盗を行う、所謂火事場泥棒をしてる人から物を取り返して、元の持ち主に返すような事をしてるのよ。わざわざ予告状を送ったり、その人の悪事を暴露するような形を使ってね。怪盗ジョーカーの話、聞いたことないかしら?最近だと結構話題になっていると思うけど」

「まったく全然。もしかしたらどこかで聞いたことあるかもしれないけど、あんまり気にも留めてなかったなぁ」

「なんでよ!!アタシの活躍を知ってなさいよ!!怪盗ジョーカーって言ったら今一番ホットな話題でしょ!!」

「いや、そんな事言われても・・・強盗と何が違うの?」

「全然違うわよ!!!ちゃんと誰かを傷つけないように立ちまわっているし、悪を選別しているわ!!それにワタシは義賊だっていってるでしょ!!自分の利益の為に欲を満たすような人と一緒にしないで!」


 ギャーギャーと耳元で騒ぎ立てられ思わず耳を塞ぐ。

 義賊と聞けばヒーロー感はあるので興味がないことはないのだが、単純に怪盗とだけ聞いたら強盗と何が違うのかさっぱり分からない。勿論、今日あった不届き者達と同じ扱いをするのは彼女に失礼だろうし、何らかのポリシーに則って動いているのだろうが。

 とにかく僕の耳が破裂する前に落ち着くように宥め、どうして怪盗なんてしているのかを聞く。憤りを隠せていないキャサリンは拗ねたように牛乳を一気に飲み干しながらも説明をしてくれる。


「だって誰も助けようとしないのよ?あんなに困ってる人がいるのに・・・誰も彼も、皆自分の事ばかり。魔法少女達だって怪物の事ばかり目を向けて、その後の事は知らんぷり。例え怪物の魔の手から助かったって、生きていくのに必要なものはいくらでもあるのに。そりゃ、人の物を盗む行為が悪いことだっていうのは分かっているわよ。でもワタシは『ワンダラー』を倒すために魔法少女になった訳じゃなくて、困っている人を助けたいから魔法少女になったの!だから、ワタシは怪盗として、魔法を自分が正しいと思う使い方をするの。誰になんと言われようともね」


 興奮したように言い切ると、更に牛乳のおかわりを注文する。

 確かに『ワンダラー』の討伐を終えた後の事はあまり気にすることはない。単純に自分が野良の魔法少女であり、あまり他と接しないようにしていたということもあるが、それをするのはヒーローの仕事ではないと思っていたからでもある。しかし、目の前の少女はむしろ、その後に残された人を助ける事が自分の正義であると信じているのだろう。


「助けようとしない、というのは間違いでしょうけど、『ワンダラー』の事後に関して動きが鈍いのは確か。委員会や警察、多くの人が怪物退治以外に魔法を使う事にいい顔はしないでしょうし、怪盗行為なんて以ての外。今日私達がした強盗退治だって、普通なら魔法少女が出張るような事案ではないと言われてしまうでしょうね。でも、私はそれを見て見ぬ振りなんて出来ないの。貴女だってそう思ったから、あの場にいたのでしょう?」

「そりゃ見て見ぬ振りは出来ないっていうのは合ってるけどさ、僕は君達みたいに深い考えはないよ」

「過程はどうあれ、私達の行動理念を理解して貰えるのが大事なの。前に貴女に言ったわよね。やりたい事があるから、エンプレスの提案には乗れないって。この国に逃げてきた時に感じたの。何でこんなに魔法少女っていう正義の味方がいるのに、不幸になる人が一向に減らないんだって。正義の矛先が怪物にしか向けられていないんだって。大体察して貰えたと思うけど、ここに集まっている魔法少女達は、皆そういう想いを持って集まっているのよ。魔法という力を使って誰かを助ける為に、誰にも縛られる事がないように、たとえ法に背いても正義を貫く、野良連盟といった所ね。きっとエンプレスはこんな事には賛同してくれないと思うけど、私は貴女もそういう想いを持って動いていると思っているわ」


 そう言い切ると、アリスは手を伸ばして握手の姿勢を取る。


「だから、どうかしら?私達の仲間にならない?」


 期待に輝かせている彼女の眼は、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女のヒーロー てふてふてふ @mimikinngu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ