おてんば娘

「ただいまー」

「あら、アリスちゃん。おかえりなさい。今日は早かったわね」

「うん。一応一仕事してきた後だけどね。ちょっと知り合いに出会ったから、ついでにここにお誘いしてみたの」

「あらあら、そうなの?そっちのお人形さんみたいに可愛い子かしら?こんにちは、お嬢ちゃん」

「ええと・・・、こんにちは?」


 おっとり、ふんわりといった独特の雰囲気で表現するのがぴったりなその女性は、こちらへと気づいたのかにっこりと笑いながら話し掛けてくる。

 見た目的には魔法少女ではない年齢に到達していそうだが、僕という例外もあれば、ガーネットの様に適正年齢から外れている子もいる。それに、見た目だけで相手の年齢を判断するのは良くないというのは、自身の経験から十分程に理解している。

 なので、挨拶を返した後に一応の確認として、遠回しに魔法少女かどうかを聞いてみる。そもそもアリスが魔法少女である事を隠しているかもしれないということを加味して、やんわりと遠回しにだが。


「つかぬことをお伺いしますが、貴女は同業者ですか?」

「同業者・・・?あ、違うわよー。私は魔法少女じゃないわ。皆みたいにもう若くないもの」


 初めは僕の言葉の意味が理解できなかったのかぽかーんとしていたが、理解した途端にコロコロと笑い出し、顔の前で手をひらひらと振って否定する。仕草自体はどこか井戸端会議のおばさん臭さがあるものの、まだまだ若さを否定する程ではない気がする。


「ミチコも結構若く見えるわよ。一緒に魔法少女もできそうなくらいには」

「お世辞でも嬉しいわー。でも、若い子達を見ていると、こっちもなんだか若返った気がするのよねー」

「そんなに歳でもないでしょうに。日本人ってほんと謙遜ばかりなのね」


 ミチコと呼ばれた女性は、笑顔を絶やさずにやんわりと否定し、そこにアリスが突っ込みを入れる。

 会話からして一般的に魔法少女になると言われている年齢からは離れているようだが、アリスとミチコのやり取りはそんな年の差を感じさせないような、友人関係が感じ取れる。

 そんなやり取りをしている二人の間に割って入る訳にもいかず、手持無沙汰次いでに室内をきょろきょろと見渡していると、アリスに隣にと立たされて紹介される。


「ミチコ。この子はブラックローズよ。あのニュースとか新聞に載ってた黒い魔法少女」

「あら、全く気が付かなかったわ」


 僕の全身を見た後、口を両手で抑えて驚いた表情をする。

 まぁ、今の僕の格好は魔法少女服じゃないし、メガネを掛けて帽子や服に髪を纏めて隠しているので、実際に会った事がある人でも気づくのは難しいだろう。魔法少女を撮影した映像や写真はプロテクトが掛かるので、実際に見たことがなければ尚更だろうし。


「可愛い魔法少女さん、いらっしゃい。私の名前はミチコっていうの。このお店の店主よ。まぁ、実際に営業をしているわけではないから店主って言うのもおかしな話だけど」

「えっと・・・。お邪魔します?」

「はい、お邪魔されます。何か特別なものがあるような場所じゃないけど、ゆっくりしていってちょうだいね。それと、他の子達とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

「他の子達・・・?」


 そういえばアリスもそんなことを言っていたが、目の前の女性を指して「子達」なんて言葉を使う事はないだろうから、それを当てはめるに相応しい子がいるのだろう。

 視界に入る範囲には見当たらないが、家の奥にでもいるのだろうかと考えていると、自分達が入ってきた扉の向こうからドタドタと走るような音が近づいてくるのが聞こえてくる。


「たっだいまー!ミチコー!ミルク一杯おねがーい!」

「うわわっ!?」


 背後のドアが突然大きく開かれ、それと同時に大声で少女が駆け込んでくる。先程は清涼感のある音を鳴らしていた鈴はけたたましく自身を揺らして鳴り響き、落ち着いた雰囲気の喫茶店が突然賑やかなバーに早変わりする。

 超人的な身体能力のおかげで、背後から迫る危機に反応してなんとか避ける事には成功したが、一般人だったら縦長のドアノブに腰をえぐられてもおかしくないくらいの勢いだった。

 人様のおうちとはいえ、かなりの危険行為に及んだ少女に対して目を向けると、状況があまり分かってなさそうにぽかんと口を開けながら呆けた表情をした後、しばらくして合点がいったように手を打つと、そのまま手を伸ばして握手するように両手で握られる。


「あっと、ごめんごめん。もしかしてお客さん?こんな時間に珍しいわね。大丈夫?ドアにぶつけてない?」


 一気に言葉を捲し立てた後、身体の異常がないか確かめるようにぺたぺたと触ってくる。あまりにも遠慮のない行動は、今までに接してきた子達とはまるで違う生き物の様で、どう返すのが正解か分からずただただされるがままになっていた。ジロジロと品定めするように全身を観察する少女はアリスの様に日本人には見えない容姿をしており、少し褐色掛かった肌と白の混ざった肩程の長さの金髪が、目の前を俊敏に動いている。

 しばらく好きなようにさせていると満足したのか、動き続けていた身体をストップさせた後改めて、こちらと正面から向かい合う形となる。


「貴女綺麗な子ね。初めて見たわ。もしかしてアリスのコレなのかしら?男の影がないと思ったらもしかしてそっちの趣味があったって事?薄々そんな気はしていたわ。でも大丈夫。ワタシは人の趣味にとやかく言う事はしないもの。どうかお幸せに」


 手振り身振りで大きく動き、とにかく喋り続ける少女の会話は同じ日本語で話しているとは思えないくらい早口だ。そして内容も無茶苦茶だ。何やら指を絡ませて色んなサインを作っているのだが、コレという言葉から大体の意味は察せられる。

 果たしてどこから突っ込むべきかと頭を悩ませていると、同じく不思議な頭痛に悩まされてそうなアリスが少女へと話しかける。

 

「何素っ頓狂な事言ってるのよ。その子はお客さんだから、アレやコレのような関係じゃないわ。後、そのジェスチャーは品がないから辞めておきなさい」

「おかしいわね。こういうのって大体そんな感じの流れがお約束でしょう?マンガで知ってるんだから。まぁでも、お客さんなら尚更ダメでしょ。彼女をこんな危険な目に合わせちゃ。ちゃんとアンタが守ってあげないと」

「その原因を作ったのは貴女でしょ、キャシー・・・。とにかく、ちゃんと挨拶しなさいな」


 アリスはせわしなく動き続ける少女の肩を掴んで落ち着かせると、そのまま頬を両手で挟んで正面を向かせる。初めは身じろぎして逃れようとしていた少女だが、ガッチリと固定されて動かないのに観念したのか、ようやく落ち着いて静止する。


「ワタシはキャサリン。よろしくね。見ての通り、この国の生まれじゃないわ。アンタは?」

「えっと、僕は・・・」

「あ、ちょっと待って頂戴。せっかくだから当てて見せるわ」


 お返しの自己紹介をしようと口を開いたとき、手のひらを前に突き出して待ったを掛けた後、もう一度彼女はジロジロと僕の顔や服装に目を付ける。顎に手を当てて見つめる表情はまるで探偵になったかのようにふてぶてしいものだ。


「ここにいるって事はアンタ魔法少女でしょ?というかその小ささで魔法少女じゃなかったらおかしいわよね。違うならアリスの誘拐だから通報しないと。あぁそうじゃなくって。ここに来るって事は委員会の子じゃないだろうし、多分野良の子よね。そしてとても長い髪に黒と紫が特徴のカラーリング。黒い魔法少女なんて他には知らないし、魔法少女服じゃないからはっきりとは言えないけど、アンタ噂のブラックローズって奴でしょ!どうどう当たってる!?回答はどうかしら!?」

「あぁうん・・・。そうだよ、正解」

「当たったわ!景品は何かしら?できれば美味しいものがいいわ!」


 別に誤魔化す必要もないし、喜んでいる所に水を差すのもどうかと思ったので正解だと伝えると、キャサリンは無邪気に景品をねだってくる。勿論そんなものは用意してないのでどうすべきかと視線を彷徨わせる。

 するとミチコが助け舟を出すように、カウンターの上にカップと受け皿を取り出す。


「キャサリンちゃん、おめでとう。はい、景品はミルクとクッキーよ」

「やった!ワタシの大好物!」


 用意されたおやつに目を向けたかと思うと、今度はカウンターへと勢いよく飛び出していく。そしてそのままクッキーへと手を付けようとしたところ、お手洗いをしてきなさいという指摘を受けて今度はお店の奥へと突っ走っていく。

 まるで止まると死んでしまうというマグロみたいな子だ。悪い子ではないのだろうが、今まであったどの子とも違う奔放さで接し方が分からない。いや、無邪気さで言えば今まで出会った子の中で一番年齢相応とも言えそうだが。


「どう?騒がしい子でしょう?」

「そうだね。もう疲れちゃったよ」

「ふふふ。そのうち慣れるわよ。悪い子じゃないもの」

「それは分かるけど、騒がしいのはあんまり得意じゃないんだよなぁ・・・」

「貴女の事よく知っている訳じゃないけど、そんな気がするわ。でも、紹介したい子はまだいるから、少しの間付き合ってくれると嬉しいわ」


 悪戯が成功した瞬間の様に嬉しそうな表情をした後、まだまだ気苦労が増える宣告をされたことで安請負した事を後悔し始める。

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