国が人間扱いしないから好き勝手に生きてみた
中島健一
第1話 潜入してみた
夜の歓楽街。人々は一日の疲れを癒しに、輝くネオンを求める虫のようにギシギシと傷んだ羽を休める。
街の喧騒に身を委ね、佇むラフな服装の男、村主アキに話し掛ける者がいた。
「お兄さん?お兄さん?」
表面だけ綺麗に取り繕った軽い口調で、アキに話し掛けるのはスーツ姿のキャッチの男だ。年齢的にはアキよりも少し年上、20代後半から30代半ばの男。
広角を不自然に上げ、目元を歪に歪ませながら笑顔を作っている。
アキは思った。
──おっ?きたきた♪
「お兄さん、どっか探してます?」
飲む店を探しているのかを聞いているのだろう。キャッチの男は、身振り手振りを大袈裟にして自分が無害であり、善きビジネスパートナーであることを必死にアピールしていた。
「1時間3000円ポッキリですよ!女の子もつきます」
アキは答えた。
「ん~、ちょうど今ね、時間空いちゃったとこなんすよ。1時間3000円?」
「はい!女の子も付きます!」
アキの質問に対して食い気味に答える男。
「それ以上払わなくて良いんすよね?」
「はい!女の子もつきます!」
「いや、女の子つくのはわかったから!」
アキがツッコミを入れると、お互い乾いた笑い声を上げた。そしてアキは少し間を置いて口を開く。
「じゃあ1時間だけ寄らせてもらいますわ」
「はい、ありがとうございます!」
キャッチの男はアキを先導して、ネオン街を歩く。すれ違う人々をすり抜け、徐々に人気のない路地に到着すると、キャッチの男は目の前の雑居ビルを見上げながら言った。
「このビルの3階ですね」
「結構雰囲気ありますね」
「そうなんですよぉ、足元気を付けてください」
アキとしては、怪しい雰囲気という意味で言ったにも拘わらず、キャッチの男は良い意味で捉えたようだ。
──さっきから会話が噛み合わないんだよなぁ……
アキはキャッチの男に嫌気をさしながら窓のないエレベーターに乗った。ぶっきらぼうに動く閉塞感のあるエレベーターは乱暴に3階まで2人を運ぶ。
3階に到着しエレベーターから降りて直ぐ、左右に扉があった。両方とも酒を楽しむ店らしいが、明らかに営業していない雰囲気だった。それでもキャッチの男は左の扉を開け、店に案内する。
くすんだオレンジ色の明かりが店内を照らし、左手側には4人程が座れるワインレッドのソファ席が並び、右手側にはカウンター席があった。バーカウンターの奥には若い女性店員が露出多めの服を着てアキに向かって挨拶をする。
「いらっしゃいませぇ~」
1人で来たアキは、勿論カウンター席に座るよう女性店員に促される。
椅子の縁や脚は金色に輝き、座るクッション部分は後ろのソファと同色のワインレッドだ。カウンター席に合わせた高い椅子。小さな背もたれに手を置いてアキは席につくと、束の間の親交を深めたキャッチの男は姿を消していた。
「何にしますぅ~?」
語尾を艶かしく伸ばしながら注文を促されるとアキは、バーカウンターや店員の後ろにズラリと並ぶ中身が入っているのかいないのかわからない酒瓶に目を走らせた。色とりどりの酒瓶が置いてある。アキは酒をたまに飲む程度なので、銘柄を見てもいまいちピンとこない。
「1時間3000円って聞いて来たんですけど、何飲んでも3000円なんすか?」
「そうですよぉ~」
「じゃあとりあえずハイボールで」
「は~い♪」
女性店員はグラスに氷を入れて、メジャーカップと云われる砂時計のような形をした計量器を使ってサントリーのウィスキーをグラスに入れ始めた。
「お兄さん、いくつですかぁ?」
「いくつに見えます?」
アキの質問返しに、女性店員は微笑み、アキの上半身を眺める。清潔感のある短髪に丸みを帯びた少し大きな眼鏡、左手には高級腕時計、短パンにTシャツという出で立ちではあるが、身に付けているのはどれもブランド品だった。
「ん~25歳?」
女性店員が答えると、
「ちょうど20歳っす」
「え~!見えない!!」
「お姉さんは、25くらい?」
「え~!?そんな上じゃないですよぉ!24ですぅ」
「そんなかわらんやん!?」
つまらない会話をしながらも女性店員は手を動かし、アキの注文したハイボールを作り上げる。
「どうぞぉ」
紙で出来たコースターの上にグラスを置いて、差し出してきた。
「ありがとうございます」
アキはハイボールを受け取ると、グラスの縁についたカットレモンを少しだけ搾ってから潰れたレモンをグラスに入れた。
すると女性店員が言う。
「私もぉ、なんか頂いてもいいですか?」
「え?それって3000円分に入ってるんですか?」
「はい。3000円ですよ」
女性店員はたっぷり氷の入ったステンレス製のアイスバケツをカウンターに置くと、ギザギザのトングを使ってアイスバケツの氷を掴み、アキと同じハイボールを作り出した。
仕上げにカットレモンをグラスの縁にさして、アキと乾杯する。
「かんぱ~い」
そこから30分程、またつまらない話をした。
彼女はいるのかとか、仕事は何をしているのかとか、普段はどこで飲んでいるのかとか。しかしここでの会話などはアキにとって全く意味をなさない。大切なのは会計する瞬間だ。
アキは話題を考える振りをしながら、スマートフォンを見やる。
──もう45分か……そろそろいいだろ……
アキはスマートフォンのロック画面を見ながら言った。
「あっ!友達がもう着くって言ってるんでそろそろ会計もらってもいいですか?」
勿論、友達が来るなんて嘘である。そんなことも知らずに女性店員は口を開いた。
「え~、その友達も呼んでぇ、ここで3人で飲みましょうよぉ」
アキは心の中で舌打ちをする。
──うっざ……
それでも表情にそれは出さないよう努めながら言った。
「いやぁ~、すみません。もう予約とっちゃってるっぽいんで」
「えぇ~、わかりました……」
女性店員は伝票をドリンクを渡すようにしてアキに差し出した。
アキはそれを受け取り、記載されてる料金を見て思った。
──きたぁぁぁぁぁぁ!!
そんな内心を押し隠しながら、必死に演技をするアキ。
「え、は!?15万!!?」
「はい。15万円です」
「いや、いやいやおかしいでしょ?」
「おかしくないです。これがうちの正規料金ですよ?」
「いや、絶対おかしいって!!氷が2万!?」
店員は、まるでアキの方がおかしなことを言っているかのように返した。
「はい。別に普通だと思いますけど」
「いやふつーじゃないっしょ!?え、てか払えないよ?」
「払ってもらわないと困るんですけど……」
「払ってもらわないとって……絶対払わないっすよ!?」
「じゃあ上の人を呼んできます」
女性店員はスマホを取り出して、画面を少し触ってから耳に押し当てた。
「……はい、払わないって言ってます……はい、わかりました」
女性店員は電話をすませると、直ぐに入り口から体格の良いスーツ姿の男が入ってきた。キャッチの男とはまた別の男。首元に入れ墨が彫ってあるのが見えた。
「お客さん、払ってもらわないと困りますよ」
そういって座ってるアキの前に立った。これには威圧と出口を塞ぐ、2つの役割がある。
「いや、この料金はおかしいでしょ」
「おかしくないですよ。うちはこれでやってるんで」
「やってるって言われても……僕2杯しか飲んでないですし」
アキはそう言って男に伝票を見せた。
男はアキの目から一瞬、伝票の方に焦点を合わせてからまたアキを睨みつけた。
「女の子も飲んでるじゃないですか」
「それでも3杯くらいしか飲んでないっすよ」
「15杯って書いてありますよ?」
「15っ!?」
アキは吹き出した。女の子を見やるが女の子は既に奥へ行って、姿を消していた。アキは男の目を見て少し強い口調で言った。
「いやでも3000円ポッキリって言われて来たんで。払わないよ!?」
「それは困るんでぇ、何とかして払ってもらわないと」
「何とかしてってなに?」
「その身に付けてる時計を売ったりとか、まぁ最悪少し痛い目みてもらったりしますけど」
「痛い目?武力行使ってやつですか?」
「んまぁそうですね」
アキは少し黙った。そして観念したように言った。
「はぁ、じゃあ良いっすよ。殺りましょうよ」
アキの返答に少し臆するスーツ姿の男。
「やるって?」
「その痛い目ってやつ?合わしてくださいよ?」
「じゃあ裏に事務所があるんで、そっちまで来て貰っていいですか?」
アキは言った。
「ここでやろうよ、仲間呼んでも良いからさ」
「いや、ここはお店なので」
「店?こんな糞みたいな店を守りたいの?クズはクズらしくしてろよ」
アキの言葉に我慢を向かえた男は怒鳴った。
「あ"!?言わせておけば調子にのりやがって!そこで待っとけ、コラ!!のぞみ通り仲間呼んだるから!!」
そう言って男はスマホを耳に押し当て、仲間を呼び出した。
ものの数分で3人のいかつい男達が店に入ってきた。
「コイツか、払わんとか抜かしてるガキは!?」
「お前、払えやゴラッ!!」
「痛い目ぇ合わせて良いんやな?」
呼び出した男は言った。
「痛い目あいたいらしいから頼むわ」
ここで初めてアキは立ち上がった。アキの身長は175cmほどだ。むこう4人の内3人はアキより背が高い。
「言っておくけど俺、人間じゃないから」
「「は!?」」
「「あ"!?」」
凄む4人にアキは構わず続けた。
「人間の保有できる筋肉量を超えちゃってるらしいから、スポーツとかそういう大会に出ちゃダメなんだって」
「お前さっきから何言ってんだ!?」
「だからこういうこと」
アキはそう言って先程まで自分が座っていた椅子の背もたれを掴んだ。そして、少しだけ力を入れて握る。
バギィッと音を立てて金属で出来た椅子の背もたれが折れ、床に落ちた。
「……」
「……」
「……」
「……」
黙る男達を余所にアキは告げる。
「この背もたれの強度はそこまで固くないけど、人間の骨より固いのはわかるよね?」
アキは男達にズイと近付いて言った。
「痛い目見るのはお兄さん達ってこと。で、いくら払えば帰って良いの?」
「いや……その……」
男達の威勢は金属の折れた音ともに崩れ去る。相手の戦意が喪失したことを悟ったアキは提案した。
「3000円ポッキリって聞いてたんだけど?」
「さ、3000円で結構です」
「そうだよね?ちなみにこの背もたれは、君達がぼったくろうとした代償として弁償しないからね」
アキは雑居ビルから外へと出た。
そして、自分のスマホを取り出した。既に録画画面になっている。腕を伸ばしてセルフで自分を写しながら動画を撮り始める。
「…っということで!今日はぼったくりバーに潜入してみた、を撮ってみましたぁ。たぶんね、音声だけになると思うんですけどぉ、いや実際、結構怖かったっすね。俺の見た潜入動画って痛い目合わすっつっても、何もせずに終わる感じのばっかだったんだけど。まさか今回ふつーに仲間呼ばれるってねwwマジでぶん殴ったりしたら殺しちゃってたかもしれないからさ、皆はマネしないでね?……はい!以上でアキちゃんチャンネルを終わりたいと思います!またリクエストとかあったらコメント欄、TwitterとかにDM送ってください!チャンネル登録と高評価も是非是非宜しくお願いします!またねっ!!」
国が人間扱いしないから好き勝手に生きてみた 中島健一 @nakashimakenichi
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