もう一度...

影武者

もう一度……

カランッ!!


 突然響く金の音。

扉に鐘が付けてあり、扉が開く度に音がする。その音につられて一人の男がその方向に目をやる。

行き付けの喫茶店の片隅で、あてもなく時間を潰していたのだった。


「フッ、来る訳ないよな……」

「そろそろ行くか……」


 男の座る席はいつも決まって同じで、そこで2、3時間時間を潰す。

ようやく席から立ち上がりレジで支払いを済ませる。喫茶店を出ると、夏の日中だ、外は今日もムシ暑い。


「ふうっ……」


 気がつくと、男は寺へ来ていた。そして、ある墓石の前に立っていた。


「また、来てしまったよ……」

「早いもんだな……君がいなくなってもう3年になるか……」


 墓の主は男の彼女の物だった。

先程の喫茶店で、彼女と良く待ち合わせをしていたのであろう。それが日頃のルーティーンになっていたのだ。

男はしばらく、墓石向かって話かけている。


「……じゃぁ、もう行くよ……」


 夏の日差しが強く、男は怠そうに額の汗を拭いた。

暑さのためだけではない、彼女を失った気持ちが、彼に更に倦怠感を与えているに違いない。


 寺から出ると、男は急に嫌な予感がした。

案の定、勢い良く走って来た女性と出会い頭に、ぶつかってしまったのだった。


「ごめんなさい!!」


「ってて、ひでぇーなぁ」


*-------------------------------------------------------------*


「本当にごめんなさい……取れないですね……」


「あっ、いいよ別に……」


 例の喫茶店に戻って来ていた。女性は男の上着に着いた汚れを、なんとか取ろうとしている。


「あっ、いっけなぁーい!! 私バイト行かなくちゃ!!」

「じゃぁ、これ、洗ってきますから……済みませんが失礼します……」


「えっ!?」


 彼女はそそくさとレジへ向かい支払いを済ませて出て行った。


「ちょっと、困るよ!!」


「済みません、明日のこの時間、ここで待ってて下さい!!」


 追い掛ける男に、彼女はそう答えた。


カランッ!!


 扉の鐘の音が大きく鳴り響く、外はもう夕暮れだった。

彼女の姿が夕日の中に少しづつ消えていくのが見える。

男は、喫茶店の前で彼女の姿をずっと目で追っていた。


*-------------------------------------------------------------*


 次の日、男はまた喫茶店に来ていた。

そろそろ昨日の女性が言っていた時間になる。

だが、別段彼女を待ってる訳でもなかったのかも知れない。

何故なら、此れは彼にとっては毎日の事であるのだから。


 窓の外を見ながら、また亡くなった彼女の事を考えていた。


『いつからそんなに、根暗になったの?』


 頭の中に聞き覚えのある声が響いた。振り返った男は目を丸くして唖然とした。亡き彼女が目の前に居るのだ。


「!!……優……!」


『いつまでも、私の事を思ってくれるのは嬉しいけど、もっと現実を見つめなきゃ』


 男は死んだはずの彼女を目の前にして、混乱してはいるものの不思議と冷静で居れた。彼女は直接、男の頭の中に離し掛ける。


『今のあなた見てられなくて……私の事、忘れて欲しいの……』


「そ、そんな事、出来ないよ!!」


 彼女が何を言っているのか理解出来ない男は、それを否定するしかない。


『私ね、あなたにお似合いの人を見つけたの……』

『彼女になら、あなたを取られてもいいと思っているの……』

『私に、もう一度あなたの笑顔を見せてもらえないかしら 』


 男は何の事だか意味が理解出来ない状態が続く。


『もうすぐここに来るわ、早く私を安心させて……』


 ふと我に返ると、もう彼女の姿はなかった。

男は、さっき見たものが、幻覚かどうかと思案する中、ある事が頭をよぎった。


「……あいつ、おせっかいなのは、死んでも変わらないか……」


カランッ!!


扉の鐘の音が大きく響いた。

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