第2話 始まりの証言とは2

 そう、タケシが来たっていうのか。現れたのは、三か月ほど前だったかねえ。

 あそこだよ、ここの裏に雑木林が生えてるだろ?

 そこに星が落っこちて来たって、騒ぐ奴がいてな。名前? ロージュという刀鍛冶職人さ。


 丁度、開店前で店にはあっししかいなかったんでな、一緒に様子を見に行くと奇妙な服装をした男が倒れてたっちゅうわけだ。こりゃ何かの禍いかとも思ったがね。あっしはカカアから、人には善悪あっても困っている時には助けにゃならんと言われていたものでな。直ぐにここに運び込んで、寝かせてやったのよ。


 すると、どうだい。

 全く知らねえ、婆さんが杖をついて店に入って来やがる。そう、この一大事にだ。


 あんた、まだ店は開いちゃいねえよ、ちょっと注文は後にしてくれねえかって言うとな、婆さんは「我の思惑はここに成れり!」とデカい声で言うんだ。そう、それだけな。


 そうしたら、店を出て行きおったわ。

 ああいう、婆さんがいることは別段珍しくはねえだろうよ。

 ロージュとは顔を見合わせてたわな。


 そこで開店時間を過ぎても、今みたいに閉めて、男の看病をしていると、やがて目を覚ましやがった。


 そん時の状況?

 いや、普通に目を開いた。そんでひどく狼狽していたな。ここはどこなんだーって。


 一瞬で分かったよ。

 学のねえあっしでも。これは記憶喪失ってやつだなと。

 この町の医者がいつの日かに教えてくれた。そういう病があるってな。


 ともかく、名前だけはタケシって名乗るからな? それならタケシの記憶が戻るまでこの酒場に置いておこうって話になった。

 その後店を開くと兵士がたくさん来てな。あっしも、一人くらいは店に雇っても良いと思ってたからな。タケシに、素性が分かるまでここで働くように勧めたんだよ。

 彼は頭を地面にめり込ませるほどに感謝しておったよ。


 タケシとどんな話をしたかって?

 タケシはその時から、俺は異世界に来てしまったって、そればっかり言ってたな。でも旦那、おかしいとは思わねえか? 言葉も通じるし、顔だちもあっしと変わらない。それが全くあっしたちと異なる世界から来るなんてねえ? おかしな話でしょう?


 いやいや、ここは笑う所ですぜ。


 ああ、はいはい。

 話した内容ね。そんな焦りなさんな。まだまだ若いんだから。

 そう、タケシはそれから自分が二ホンという国に住んでいたとも教えてくれた。ああ、確かさ。げえむが好きな学生だと言っていた。げえむが何かは知らねえや。

 だけどよ、タケシは何をやらせても凄かった。


 本人は勉学も武芸にも嗜みがないと言っていたがな。

 ある日、事件が起きたわけよな。


 まあ、そう焦って聞くもんじゃあない。分かるだろう? この年にもなれば、多少の焦らしもしたくなるものよ。

 そう、あれは暑い日の夜だった。

 兵士たちの間で、軽い揉め事が起きた。だけど、それが次第に発展してしまって、殴り合いになっちまってねえ。周りの者が止めたってそうはいかねえ。

 結局は刀を抜いて、切ってやるだの何だのってよ、そりゃあ……えれえ騒ぎに発展した。


 あっしもね、軍人同士の喧嘩が殺人にまで発展するっていったら、経営的にもたまったもんじゃないでしょう? だからね、必死に二人を諫めてたっちゅうわけ。

 でも考えてもみてくださいや。

 喧嘩してる兵士二人はそれもう強い剣豪だっていうじゃねえか。そりゃあちょっと腕っぷしに自信のある兵士くらいじゃあ酒の入った二人を止められねえ。ましてや、刀を抜いちまってんだから、やすやすとは間に入れねえ。


 そこでタケシが、颯爽と間に入ってきてよ。

 二人が同時に下した刀を、左右の人差し指と中指で挟んで見せたっちゅうわけよ。

 そう、あの二人の顔ったらいけねえやな。

 驚いたも驚いた。

 まさか、この新入り店員はどこの名のある武将だと声が上がってな。


 それで、喧嘩してた当人たちも冷めちまってよ。事なきを得たのよ。


 え?

 何かタケシが異世界の二ホンにいた頃に何かをしてたかって?

 いやいや、そんなことは聞いちゃいねえな。

 むしろ、その後に自分でも勝手に身体が動いて、刀の切っ先がゆっくり見えたって言ってたよ。

 あの動きは並みじゃねえや。

 絶対にどこかで武芸の心得があるやね。エリーシャ様のご加護って言いたいのか?

 はは! そう考えても面白いわな。


 そう、それからもタケシは聡明でな。盗賊を彼一人でバッタバッタとやっつけては、巧みな交渉術でそいつらを改心させて、そこの農園の農夫にしてしまいおったよ。


 そうやって誰からも好かれていたが、ある日、ガイダル国と戦争になるんじゃないかっていう噂を耳にするとな? ここを出て軍に仕官したいと言い出したのよ。後は、旦那の方が知ってるんじゃないかい?


 本当、タケシはうちに長く置いていたかったんだがね、あいつは軍に仕官しに行くって聞きやしない。

 この国を守り、正したいと言っておったな。

 あの人は勇者だよ。そう、異世界から来たね。


 今どこの部隊で何をしてるのかねえ。前線に送られてなきゃ良いけどねえ。


 そう、旦那さ。


 あの伝説の異世界勇者タケシを知ってるかい?

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あの伝説の異世界転生勇者『タケシ』を君は知っているか! 麻立朗 @Oguricap

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