あの伝説の異世界転生勇者『タケシ』を君は知っているか!

麻立朗

第1話 始まりの証言とは

 いらっしゃい。


 いやいや、これは中々見ない客人が来たもんだねえ。王国兵の服を着ていらっしゃるとは。

 今じゃこの酒場には人っ子一人もいねえよ。

 ひと月ほど前は腕に覚えのある傭兵がたくさんいたもんだけどねえ。


 はいはい、じゃあ蜂蜜ブドウ酒ね。あんた、見た感じは相当な手練れと見えるが、こっちの方は弱いんだねえ。

 はあ……それでまあよくぞ、王国の兵士が務まるもんだ。

 勘違いしなさんなよ。あっしはこれでも、王国には恩を感じているんだ。

 この酒場が出来てもう何十年にもなる。王都の中でも、こんなちっぽけな場所が今日まで営業できたのは、ひとえに王様のお陰と心得ております。てな具合よ。


 なに、昔は兵士がこぞってやって来てくれてね。その中には、大層出世したものまでおるよ。お主が聞けば、目ん玉が裏返しになっちまうくらいの将軍様よ。


 そんで、兵隊さんは何てえの。

 へいへい。その前にはあっしの名前かい? あっしは、ロムドと言うしがない酒場の主よ。

 へえ、ユーキってえのか。

 そいつあ奇遇なもんだね。最近、ここに来た兵士たちが、同じ名前の人間の話をしていたからね。


 うんにゃ。

 悪い話じゃねえや。とにかく、軍部のみならず外務委員サマたちからも評価が高いんだとよ。

 知っとるか? あんたと同じ名前のそいつは、オウヨウを首席で卒業したエリートっちゅう話よ。

 あんたはオウヨウなんちゅうても分からんわな。こんな時間にふらっと酒場に来るような客なんだからなあ。いやいや、嫌味を言っているんじゃあないさ。

 オウヨウってのは、王立幼年軍学校のことよ。そのお人はな、そのまま出世していって、外務局にも出向して外交術まで達者だと来ている。

 そう、他の兵士たちから専ら評判よ。


 しかしなんだね。こんな夜更けに王国の兵隊さんが来るなんて。

 酒屋だから深夜まで営業しているとはいえ、今はこんなご時世だから、珍しいんだよ。

 まさか、あっしにまで徴兵の命令が下ったなんて言わないでくださいよ。

 うちは今、ガイダル国と対立しているとは聞いちゃいるけどね? それでも、戦にはならねえと思っている。何でかって? こりゃ兵隊さんを前には少し言いにくいけどねえ……。


 チクったりしないでくだせえよ、旦那。

 今の王国にはガイダルに勝てるだけの力がないでしょうよ。

 近頃の王国はいかんせん、大将軍が全ての権限を握っていらっしゃる。そう、大将軍が陸と海との軍勢を統帥しているばかりか、政治の権限まで握っている。色んな大臣が大将軍の顔色ばかりを窺っておる。そしてその大将軍を交代するには、国王様しか法的にその権限がない。


 だがね? 今の大将軍は、例の「臨時国策完遂法」なんてのを制定して、国王を辞めさせることだって出来る。実際に、この数年で三人も国王が替わったじゃないか。

 こんな話を軍部の末端の人間に話しちゃいけねえな。ともかく、そんなガタガタな状態で戦争なんかしたって、内部から崩壊するに決まってらあ。


 そうだな。あんたの言う様に、大将軍とは毛色の違った強大な指導者がいれば国は強くなるのかも知れねえ。まあ、そこはあっしには分からんよ。難しいこたあね。それに、軍のあんたにゃ、こんなこと言われたって面白くないわな。


 あっしらは、兵隊さんたちが何事もなく、前線から戻ってきてくれりゃいいやね。戦にもならず。

 うんにゃ、そんな正義感に満ちた演説をかます気じゃあない。

 兵士がおらにゃ、飲みに来る客もいねえさ。そうなったら、商売が成り立たねえだろ?


 先月から、多くの客が前線に異動とかでいなくなっちまってるからね。

 あんたみたいのは珍しいんだ。俺は誰かにこうやって愚痴りたかったのかもしれねえな。まあ、年寄りの長話に付き合って損はねえってことよ。


 ん?

 タケシ?

 ああ、当然さ。彼は我々と共にあると言っても過言じゃねえ。

 タケシの話をしろってのか?

 あんた、目の色が変わったね。良いさ。今日はもう誰も来やしねえ。店じまいにして、タケシの話をしてやるさ。


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