永遠(ぜったい)に勝たせてくれない幼馴染な君。

さーど

いつまでも俺は敗北する。

 太陽が西にある家に飲み込まれ始め、青いとばりは東の方から徐々に茜色あかねいろへと変わっていく。

 その自然光が窓から入り込み、白く輝いた電灯で照らされた図書室内がほのかに赤らんだ。


 その図書室は人気が乏しいらしく、今入室しているのは司書の教師と一人の男子生徒のみ。

 生徒の前には筆記用具や教材が並べられていて、どうやら彼は自主勉強をしていたようだ。


 そんな彼の名は英吉ひでよしといった。


 光沢の目立つ完全な黒い短髪と、同様に黒いフレームから覗く切れ長な目にそして黒い瞳。

 慎重は平均より少し高い約172cm程で、体型は肥満でも無ければ痩せこけても無い。


 つまりいえば、日本高校にならどこにでも居るメガネの男子生徒。それが英吉である。

 なお、読みは日本統一と桃山文化で有名な某関白と同じだが、関係といえば全く皆無だ。


 日も暮れ始めたところの今。

 英吉もそろそろ下校するらしく、彼は机上にリュックサックを置いていた。

 愛用するメガネをケースにしまい、筆箱に筆記用具をまとめ、教材を閉じると丁寧にリュックサックの中へ入れていく。


 これでメガネ男子生徒からただの一般男子生徒に早変わりである。


 リュックサックの口をチャックでしっかりと閉じ、それを背負うと英吉は立ち上がった。

 無論、自主勉強で多く散らばってしまった消しカスを手の平に集めるのも忘れない。

 それを入口近くにあるゴミ箱へ放り、英吉は司書の教師と目を合わせることもなく図書室を後にしたのだった。


「──あっ、ちょうど出てきた!ひで〜!」


 その途端、陽気であり溌剌はつらつとした、耳に通りやすい大きな声が鼓膜に響く。

 廊下という場所故にそれは良く反響し、英吉にとっては余程大きく聞こえていた。


 英吉はその聞き慣れた声の大きさに顔をしかめつつ、その少女をじろりと見やる。

 少女はトコトコと英吉に近寄って、隣に立つなりあどけない笑みを浮かべた。


 その笑顔はとても眩しく、まるで日光に恵まれた緑の中にある生き生きとした花のようだ。

 ただの一般男子生徒である英吉がそれを初めて見れば、一目惚れしているところだろう。


「いやさっきから言いたい放題だな」

「……? ひで、何言ってるの?」

「ああ、いや……なんでもない」


 英吉と違い、この三人称視点の声が聞こえない彼女の名は北條ほうじょう 政美まさみといった。


 茜色の陽光の下で美しく輝く栗色の髪に、長いまつ毛で縁取ふちどられた茶色い瞳。

 身長は平均的な約160cm程で、女子高生にしては完全に成長した体をたずさえている。


 彼らの学年の中では容姿端麗ようしたんれいの部類であり、性格も良く英吉と違って友達が多い。

 それに加え文武両道な節があり、成績はトップを抑え体育でも輝いた実力を見せる。


 更に父親は総合病院の院長として勤めている事実があり、彼女の実家はかなり裕福だ。

 正に神は二物を与えずということわざに「ダウト!」と言いたくなる程の人物、それが政美である。


 尚、せい及び名、そして父親の肩書きから頭文字を取れば某関白の正室せいしつになる気はするが、関係としてはやはり皆無だ。

 ちなみに、今後彼女の姓を再び記述することはない。


 そんな神に愛されし政美だが、こんなただの一般男子生徒である英吉とどういった関係かというと、それは所謂幼馴染というものだ。


(……もうツッコまないぞ)


 双方の家が隣同士であり、両親も仲が良かったため、その計らいで幼稚園になる前から二人は一緒に遊んでいた。

 その関係性がなんやかんやで続き、二人の性格も相まって、思春期の最中である今でもこうして親しく話せている。


 偶然に奇跡を重ねた結果であるこれは、政美に唯一残した神様の悪戯いたずらと言えるだろう。

 もっとも、そういう本人を見る限りはこの現状に満足している様子ではあるが。


 説明量の差を内心不満に思いつつも、英吉はそんな政美を前にため息を吐く。


「……政美、もう夕暮れだ。そんなに声が大きいと、近所迷惑になるだろう」

「近所迷惑!?ここから一番近い家でも走って1分は掛かるくらいの距離があるのに!?」

「いや、よくそんなの覚えてるな……」


 単に「五月蝿うるさい」と言いたいのに、再び大きな声を、それも間近で叫ばれて項垂うなだれる英吉。

 物静かな環境を好む彼は毎度と指摘しているのだが、政美がそれを受け入れた記憶はない。


 もはや諦め気味なそんな彼を見て、政美は楽しそうに笑った。


「あははっ。でも、なんやかんやで付き合ってくれるひでのそういうところ、私は好きだよ?」


 つんつん、と、今度は悪戯顔になりながら英吉を指でつつく。

 コロコロと表情が豊富に変わっているのは、彼女の魅力の一つと言えるだろう。


 しかし英吉は、鬱陶うっとうしいとばかりに政美の腕を払った。


「俺は別にそういうつもりじゃない。お前が勝手に付きまとって来てるだけだろう」

「ひどっ!?ひでだって生徒会が終わるまで私のこと待っててくれてた癖に!」


 ぷくっ、と可愛らしく頬を膨らませて、英吉に不満をうったえかける政美。

 政美は一年生だというのに生徒会会計を担っており、時々帰りが遅くなるのだ。


 しかし、英吉から帰ってきたのは呆れたというばかりの大きなため息だった。


「そんなわけがないだろう。俺は一ヶ月後に迫る期末考査の為、図書室で勉強していただけだ」

「……この前、『自室で勉強する方が落ち着いて効率的だ』とか言ってなかったっけ」


「……図書室の方が静かだからな」

「ふ〜ん……」


 半目になった政美から指摘されると、目に見えて語気を弱くする英吉。

 顔は引きり、未だ半目で見てくる政美から必死に目を逸らした。


 実を言うと、その言葉を口にしたのは『この前』と言う程ではなくまさに昨日の事なのだ。

 生徒会も無くいつも通りに帰宅して、家の前で繰り広げられた出来事だった。


『ひで、後で遊びに行ってもいい?』

『勘弁してくれ。俺はこの後、一ヶ月後に迫る期末考査の為に勉強する予定なんだ』


『あれ?前と違って図書室に行かないから、てっきり今日はやらないのかと思った』

『昨日、''自室で勉強した方が落ち着いて効率的''だと思ったんだよ』


 ……圧倒的な矛盾である。

 深く問い詰めたいところではあるが、政美にそのつもりは無いようなのでまたの機会に。


「まいっか。でもひでさ、進学校っていうわけでもないのによくそんなに勉強できるね」

「……政美の言えたことではないと思うが?」


 不味い状況から脱出出来たことに胸を撫で下ろしつつも、英吉は呆れたように返す。

 だが、それはまさにその通りだった。


 前述にもある通り、政美は

 つまり、誰よりも、無論のこと英吉よりも成績が良いと言うことだ。


 ちなみに英吉は学年二位であり、そして一度も政美に勝てた記憶は無い。

 だからこそそう返すと、政美はふふん、と胸を張ってドヤ顔を見せた。


「私は才能の塊だからね!何もしなくても、勉強だって運動だって出来ちゃうんだから」

「……そうだったな」


 ……そんな政美にそう返す英吉だが、今の気持ちが顔に出ていないか不安になる。


 この話題は以前も出したことがあり、その時も同じように返されていた。

 しかし、その実情を英吉はすでに知っている。


 ──政美が『何もしていない』というのは真っ赤な嘘であり、むしろ英吉よりも更に努力していることを。



 ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎



 ……昔から政美は、全ての能力に置いて英吉に大きく勝っていた。


 先程前述した通りの成績や運動神経。

 そして、同年代や年下を引っ張り、大人からも期待されるその強い人望。


 それ以外にも政美は凄まじいきらめきを持っており、そんな彼女に英吉も尊敬していた。

 しかし、の良い彼は同時に悔しくも感じていたのだ。


 何か一つでも、政美に勝てるものは無いか。

 幼少期の頃に英吉が日々悩んだ結果、一つのことを伸ばすことにした。


 そう、それが勉強だった。


 運動は元々苦手だったし、物静かなのも自覚していて、人望の線も勝ち目はない。

 しかし、勉強は得意だった。無知な事を身につけるのは楽しく、夢中になるほどに。


 その日から英吉は、勉強を良くするようになって、成績をみるみると上げて言った。

 目に見えて伸びる成績に彼は更に夢中となって、これならば……と、彼は思った。


 しかし、最終的には今の結果だ。


 他の人よりも高い成績に残せるようにはなったが、政美にだけは勝てない。

 どれだけ勉強しても、いくら知識を身につけても……政美の上には行けなかったのだ。


 どうして彼女に勝てないんだ。と、英吉は再び悩む日々に明け暮れた。

 楽しかった勉強はただ勝利するための目的となり、少しずつ苛立いらだちも覚えていく。


『私は才能の塊だからね!』

『っ……羨ましいばかりだ!全く!!』

『ッ……!?』


 そんな状態でその話題になった時、オーバーヒートしてしまったのは新しい思い出だ。

 彼女の言葉が自分の中の何かに触れて、つい熱くなってしまった。


 だが、彼女が言っていた通り、英吉が見てきた中でも政美が努力していた記憶は無かった。

 なのに努力を惜しまぬ自分より優秀なのだから、無性に腹がたったのだ。


 その後は直ぐに謝ったため、関係が崩れてしまわなかったのは今にとっては幸いだ。

 怒った時の政美の顔……見たことがない泣きそうな顔が、とても印象に残っている。


 しかし……努力していないように見える政美に、悔しさを感じたのは変わらない。

 苛立ちが更に強くなって、更にフルストレスな日常を英吉はそれから送ることとなった。



 ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎



 それに気づいたのはつい最近。その時はまだ、二人が入学する前の春休みの最中だった。

 いつも休みの日は遅くまで眠る英吉だが、その日は偶然にも平日よりも早く起きていた。


『………』


 だとしても動きたい気分ではなく、上半身だけを起こしてぼーっと微睡まどろむ。

 ひんやりとした空気の中でこうするのは、なんとなく心地良い気分になっていた。


『……起きるか』


 暫くそれを楽しんだ後、意識も覚醒してきたし英吉は行動を始めることにした。

 伸びをしてった体を解し、部屋を換気するために邪魔じゃまなカーテンを開ける。


『っ……』


 しかし、ずっと薄暗い空間にいたからか急に入り込む日光はとても眩しい。

 顔を顰めながらもカーテンを完全に開き、窓も開けて綺麗な空気を部屋に入れる。


 網戸を抜けて冷たい空気を頬で感じながら、英吉はふと感慨にふけった。

 こうも一日の始まりを実感する朝は、自分にとって珍しいことだからだ。


『──ん?』


 しかしそこで、視界に映る。

 家の前に整備された道路、動きやすい腹側に身を包んで優雅ゆうがに歩く少女の姿が。


『政美……?』


 そう、政美だった。


 首に巻いたタオルで額を吹いており、よく見れば全体的に汗を肌に浮かばせ息が荒い。

 しかし、明るい太陽に照らされたその顔はそれはもう清々すがすがしかった。


 そして政美は、英吉宅の前にある家の庭をほうきいていた老婦人に話しかけていた。

 人望の厚い政美を見て老婦人は笑顔になり、手を止めて話込み始める。


 ……英吉に取って初めて見る政美に驚くことに対し、老婦人が驚いた様子は無かった。

 ただ、いつもの日常だから慣れているような様子に、英吉の目には映っていた。


 いつもより冷静になっていた英吉は、それがどういう意味かを瞬時に理解する。


『私は才能の塊だからね!''何もしなくても''、勉強だって''運動''だって出来ちゃうんだから!』


『………』


 あの言葉は「嘘」だとさとった。


 ……何もしていないわけが無い。

 才能の塊だとしても、努力より勝るものは無いというのは、分かるはずなのに……


 政美の事を何も理解していなかった自分に、英吉はむなしく感じてしまう。

 その日は勉強することはなく、英吉は一人部屋で考え続け一日を送った。



 ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎



「──また負け、か」


 時は経ち、英吉が言っていた一ヶ月後。

 学校の期末考査を終え、その順位が廊下に大きく張り出されていた。


 結果としては、英吉は学年で二位。

 ……そう、今回の学年一位も、あの政美が勝ち取っていたのだ。


「……次は絶対に勝つ」


 政美の「嘘」が発覚した今、英吉が取った行動というのは''更なる努力''だった。

 今までよりも更に勉強し、絶対に政美の上に到達してみせる……英吉はそう決めたのだ。


 前と変わらないじゃないか。そう言われるかもしれないが、しかし今の気分は清々しい。

 勉強の楽しさも思い出したし、勝ちたいのは間違いないがそれは執拗しつようとは言い難いものだ。


 一度、英吉は自分を見つめ直した。

 その時にを見つけ、彼の心はそう結論づけたのだ。


 ……''幼馴染な''政美に勝てる手段なんて、今になってもそれくらいしか思い付かない。

 しかし、それよりも大事なことを見つけることが出来た現状に、彼は満足していた。





 ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎ ❁✿✾ ✾✿❁︎





 私は両親から厳しく育てられていた。

 父親は総合病院の院長、母親は同じく看護師を勤めていたからであったからたろうか。


 勉強や運動は常に上を目指し、人とは多く触れ合い信頼されるような人であれ。

 将来のためには最低でもそれが必要だと、幼少期の頃からそう教えられていた。


 私は両親の言うことに従った。

 予習復習は徹底的にこなし、運動も様々なスポーツに挑戦してそれを極めた。


 しかし、思ったよりも両親は甘くなかった。


 められた記憶なんて少ししかないし、寧ろ厳しくなじられた数の方が圧倒的に多い。

 それくらいこなせ。なぜ出来ない。正直言うと、その時は子どもながらに泣きそうだった。


 最終的に習い事まで矯正されるそうにもなったが……それだけは絶対に拒否した。

 ''彼''との時間が減るようなことだけは、耐えられそうに無かったからだ。


ぜったい絶対りっぱ立派おとな大人になるから、ずっといっしょ一緒にいよう!ぜったい絶対だ!』


 10年以上も前に告げられたはずなのに、この言葉から頭が離れられほうにない。

 酷く稚拙ちせつ浪漫主義者ロマンチストなのは分かっている。しかし……ずっと私にこびり付くのだ。


 実際、彼は段々と立派になっていく。


 私が努力してるのは、あの言葉に反するものに感じて隠してはいるけれど……

 だけど、彼が上に。それもどうやら私よりも更に上を目指して、立派になっていた。


 もしそれがあの言葉によるものだったら……と、時々夢を見てしまう。

 それを考えると胸がポカポカとしてきて、どこか夢心地な気分となるのだ。


 ただ、彼がそんなのを覚えてるわけが無い。

 私がイレギュラーなだけで、普通は古くて曖昧あいまいな記憶を覚える人だなんて少ないのだから。


 事実、彼はとても素っ気ない。

 なんやかんやで付き合ってくれてはいるが、もし彼が嫌がっていたらどうしよう。


 そんな不安が、頭の中をぐるぐると渦巻いて物事に集中できなくなる。

 それで両親にはまた詰られるし、だからといって頭からは絶対に離れてくれない。


 そして考えるたび、胸が苦しくなる。

 顔は自分でもわかるほど熱くなり、いつも平常に会話出来ているか心配だ。


 ……この気持ちがどういう物なのかは、とっくの昔に自覚していた。


 だけど、これを明かす勇気は私に持ち合わせてはいない。

 明かしたとしたら気まずくなるし、今度こそ関係が崩れてしまうのもかなり有り得る。


 そうなったらもう……今となっては、本当に耐えられそうにない。

 ''幼馴染な''彼に悩まされる私のこの日々は、一体いつまで続くのだろうか……

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永遠(ぜったい)に勝たせてくれない幼馴染な君。 さーど @ThreeThird

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ