最終話
夏。
部活動や遊びに忙しくする生徒たちをよそに俺は毎日のようにバイト三昧。
もう、将来に向けての資金繰りを考えて貯金を始めるためだ。
「薫、そこの食器とって。あと、終わったら店のマットも引っ込めといて」
「わかりました。じゃあ終わったら飯にしますか」
タジマカフェには俺と先輩の二人っきり。
というのも、店長は来年から新しい店を出す準備のために毎日どこかに出かけて帰ってこないから。
でも、それに文句を言うはずもない。
俺たちの為に新しい店を出すと言ってくれた店長には、感謝しかあるまい。
「でも、本当に進学しなくていいんですか? 先輩ならどこにだって」
「いいの。私は父……あの人と同じ道は選ばない。それに、薫が立派に働いてくれたら私はそれでいいから」
先輩の父はあれから音沙汰がない。
それに店長が色々調べてくれたのだけどどうやら家にも戻っていないようで、噂によると会社を不祥事で追放されてどこかに逃げたとか。
しかし、先輩は生まれ育った実家の荷物を全てまとめて水前寺家と縁を切った。
そして、高校卒業と同時にこの店に残って正社員として一人で店をきりもりすることを決めた。
春からはそんな先輩に店を預けて、店長は別の場所で新しく店をやるとかで。
元々狭い内装で客が入りきっていなかったから合理的といえばそれまでだけど、やっぱり先輩の居場所を確保しようとしてくれてるのは間違いなくて。
ほんと、あの人には頭があがらない。
「たっだいまー。あら、二人とも店内でイチャイチャしてないのね」
「店長おかえりなさい。しませんよ、職場でそんなこと」
「そう? 私の若い頃はもっと色々と情熱的だったけどねー」
「一緒にしないでください。店長、お茶淹れますね」
夜。
店が終わってから片付けをしていると店長も戻ってきて三人でお茶にすることに。
すると閉店後の店のドアをノックして、誰かが入ってくる。
「お邪魔しまーす。桜だよー」
「あらーピンキーちゃんこっちよー」
早川がきた。
職場でも学校でもほとんど顔を合わすことのない彼女との久々の再会に俺は少し身構えたが、先輩は思ったより落ち着いていた。
「あら、藍沢君おひさ」
「どうしたんだ早川、こんな時間に」
「いやあ、今後のことを打ち合わせに」
「打ち合わせ?」
何の話? と先輩の方を見ると「言ってなかったっけ?」とだけ。
訊いてない。
「あら、カオリン初耳? ピンキーちゃんね、学校辞めたんだって」
「……ええっ!? なんでだよ!」
「あはは、急だったから店長にしか言ってなくて。いや、私ってやっぱり学校とか性にあわなくてさ。でも、何も自堕落するわけじゃないよ。店長の新規事業、先輩が卒業するまでの間私が手伝うことにしたの」
ケロッとした態度でそんなことを言うと、どうやら先輩は察しがついていたようで驚いてはいなかった。
「……で、先輩が卒業したらどうすんだよ」
「その後は店長の出す店の従業員としてお世話になるわ。まだまだ私みたいなのが生きるには難しい世の中だけど、でもここのお客さんって寛容な人が多くってさ。そういう道もありかなって」
「まあ、早川の人生だからとやかくいうことはないけど……ていうか先輩に手出すなよ」
「あら、私にとられるくらいならそれって藍沢君の愛情が足りてないんじゃないの?」
「ぐっ……そんなことねえよ」
「はは、別れるのを首を長くして待ってるから。じゃあ早速打ち合わせしましょ」
今後のシフトや、夏休み明け以降の予定なんかを真面目に話し合って、そのまま夜になってから店長がいつもの居酒屋に俺たちを連れてってくれた。
早川ともすっかり仲良くなったようで、彼女もまた店長にすっかりなついていた。
こういう器の大きい人間に、俺もいつかなれるのだろうかと、店長を見ながらため息をついていると先輩が横で俺の袖を掴む。
「どうしたんですか? 眠いとか」
「そうじゃないわよ。薫、あなたはそのままでいいのよ」
「なんですか急に。俺は別に」
「んーん。私の為に一生懸命なのは本当にうれしいけどね、でも、絶対に無理しちゃだめよ。それこそ、私の為に死ぬとか言ったら、ぶん殴るから」
「あはは、なるほど言いそうですね俺なら。でも、あり得ません。どうせなら、先輩と同じだけ生きて、同じ日に死にます。もし先輩との間に将来子供ができたなら、その時はその子にも子供ができて孫の顔を見て、みんなに見送られながら死にたいです。それが俺の望みですし、俺を望んでくれてる人にできる唯一のことだって、わかってますから」
「……うん。私も同じ。よかった、薫を残して先に卒業するの不安だったけど、もう大丈夫そうね」
「はい。先輩がいない学校は寂しいですけどね」
「寂しさで浮気したら怒るから」
「していいって言われてもしませんよ。それに先輩より……瑞希より可愛い子なんていないから」
「うん、よくわかってるわね。えらいえらい」
思わず対面に店長たちがいることを忘れて話し込んでしまって。
その様子をずっと見られていて、あとで散々とからかわれたけどそんなのもご愛嬌。
楽しい夜だった。
◇
「お疲れ様でした」
店長と早川をタクシーに乗せて、俺と先輩は一緒に住むアパートを目指す。
「なんか、色々ありましたね」
「ええ、ほんとに。でも、色々あったから今があるんだと思うと、これまでのことも決して無駄だったとは思わないわ」
「俺もですよ。でも、そんな不幸自慢をするのも俺たちで最後にしたいですね」
「うん。ねえ薫、さっき言ってたことだけど」
「なんですか?」
「その……私たちの子供がどうのこうのって……やっぱり薫は子供ほしい?」
「はは、当たり前ですよ。でも、俺がちゃんと稼げるようになってからですけど。先輩の子供とかかわいいだろうし」
「うん。でも、そのためには今から、ええと、その、練習しといた方が、いい、よね?」
「先輩?」
「あーもうなんでもない! か、帰るわよ」
勝手に恥ずかしがって勝手に顔を赤くする先輩。
俺の先輩。俺の彼女。俺だけの、たった一人の大好きな彼女。
少し先を行くそんな彼女の背中が愛おしくて、俺は追いかけてすぐに抱きしめた。
「……先輩、待ってくださいよ」
「もう。まだ人がいるよ」
「いいんです。帰ったら、先輩を抱きたい」
「も、もう……うん、いいよ。早く帰ろ」
「はい」
この夏が終わって、秋を過ぎたら冬になって。
クリスマスも年末年始も先輩と一緒で、また春が来たら先輩は先に卒業しちゃうけど。
でも、それでも彼女と一緒なことに変わりはない。
ずっと、その手を離すことはない。
「瑞希、これからもよろしくね」
「うん、仕方ないからずっと一緒にいてあげる」
まだそんなことを言ってくる、ツンデレな先輩とずっと。
俺たちの日々はまだ、始まったばかりだ。
おしまい
憧れの先輩はツンデレで人に頼るのがヘタクソな、とても可愛い女の子だった 天江龍 @daikibarbara1988
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