五分後には死んでしまいたい
蛇ばら
佇むセラフの手をとって
空が青い。
じっとみていると、方向感覚を失いそう。
以前、友人が言っていた。
雲ひとつない青空はまるで穴のようだと。
ちょっと軽薄そうな茶髪の、ホイップクリームよりなまっしろい肌をした。
故郷に好きなひとがいると言っていた友人。
いまどうしているだろう。
大学の端、誰も使わない棟がある。
こういうと語弊が生まれるが、ようは特別イベントのときしか使われない場所だ。
最上階まではエレベーターで行けるけど、屋上へは階段しかない。
だから最後の階段をのぼって。
こういうとき、どこまでものぼれるような気がするのに、あっさり終わってしまう足踏み。そのさきに、コンクリートがうちっぱなしの床。
ふちに錆が浮かぶ扉を開ければ、青い空の穴がある。
ちょっとちからを入れれば壊れるようなかわいらしいフェンスを、おそるおそる乗り越えてみる。フェンスの先は足元がわずかにしかない。
落ちにきたのに、落ちないようにフェンスをのぼるのは変な感覚だ。
空を見る。
足元のほうが近いから、痛みを連想してしまう。
痛いかな。
苦しむことになるかな。
こんなに高いところから落ちたら死んでしまうかな。
未練とか、考えてみた。
良かったこと。うれしかったこと。楽しみにしていたこと。
まあ、案外どうでもいいように思う。
死んでしまったらなくなってしまうし。その程度。
あのウェブ小説、最後まで読めなかったのは残念だけど。
一歩踏み出せば、落ちていく。
できれば空のほうに落ちることができたらよかったけど、いつまでも落ちるより、あっというまにつぶれるほうがみじめったらしくてぼくにはお似合いだろう。
でも壁の
一足分のコンクリートの端を蹴る。
一瞬の浮遊。
おなかの底が冷えるような感覚。エレベーターの上階に止まった時みたいな、そういえばさっきも経験したもの。
顔に当たる風は不思議と優しい感覚。
目を閉じようとして、視界にきれいなものがあることに気付いた。
ひと──いや、ひとじゃない。
人間は空中にぷかぷか浮くことができる種族じゃないし、あんなにきれいなものじゃない。
肩に触れるか、触れないかくらいで切りそろえられている。
翡翠の双眸。靭性の強い、しなやかな目。
人形じみた姿の彼は、天使と呼ばれる種族なのかもしれない。
不思議だ。
でも、まあ死ぬのなら。走馬灯のように走るいろんな感情のなかで。
そういうこともあるかもしれない、と思う。
あなたは、幸せになりたいのですか。
それとも、痛苦から逃避したいのですか。
彼のきれいなかたちの唇から、きれいな音色が聞こえた。
それはわかっているつもりだったこと。
中空に浮いている彼。
じっとぼくを見つめている。
「ぼくは」
生きたかった、なんて思えない。
つらいことが多くて、楽しいこともうれしいことも全部塗りつぶされてしまったから。
強いて言うならば。
「幸せになりたかった」
でもそんなこと、みんな思ってる。
生きる痛苦に耐えられなくなってしまったから、ぼくはこうして死んでしまう。
生とは──痛苦です。
死とは──逃避です。
死は。幸せからの、逃避でもあります。
それでも逃避したいのですか。
「でも
この世界は痛くて苦しくて、見つけられない。
どんなにがんばっても報われる保証なんてない。
先なんて、まっくらやみにしかみえない。
彼は微笑んだまま。だけどすこし、眉を下げたような気がした。
「ぼくじゃなくていい」
ひとりいなくたって世界はまわるし。
そんな世界なんて、そもそも大事とも思わないし。
こんなに痛くて苦しい場所に、この先ずっとなんていられない。
彼はそっと手を伸ばした。こちらへ。
ぼくは、その手を取ろうと
ええ。今回も終わりました。
世界は終末を迎えました。
これ以上の検証は無意味。および無価値と提言します。
対策を。
修正を。
維持のために。
よろしい。
では。時を、五分前に戻します。
五分後には死んでしまいたい 蛇ばら @jabara369
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます