ifのために

鴉杜さく

第1話 if

「あそこに君がいれば! いれさえすればあの子は助かったかも知れないのに!!! なんで肝心なときに......アンタはいないのよっ!!」


そう泣き叫ぶ女を咎める声がざわめきを産み出していた。


冒険者組合。

それは、この世界を冒険しようと一歩踏み出す場として活躍している場所である。


普段ならそこは人々の笑いと笑顔に溢れているそこは、ひそひそと小さく言葉を溢すだけだった。


とある灰色の長髪を纏いし女性は、ボロボロの髪飾りや防具を抱えていた。


それは、つい昨日までは笑顔で笑い合い将来はもっと上に行ってみんなの希望となる冒険者となるんだと語り合った仲間の持ち物だった物だ。


彼らはまだ駆け出しといわれる年齢でありながら、多少の無理をして少し上のクエストに行ったが故に彼女一人を助けるために犠牲となったのだ。


その女性に叫ばれたどこか華奢な

目元を伏せていてその表情は読み取ることを拒んでいる。


胸元まで伸びている薄紫の髪が風に揺れ、さらに彼の顔を隠している。


彼が何かを発しようと口を動かした瞬間。

二人の間に手が生えた。


「ねぇ、ユウリちゃんとこの」


ユウリちゃん。

それは、亡くなった男の名だった。


その名に一筋の希望に縋っていた女は顔をあげた。


洋服を着て、肩に羽織を掛けている。

肩ぐらいまでの髪に頭の上に乗っている丸メガネ。


好青年そうな男だ。


だが、それは、その男は危険だ。


「俺の、イフに何してる? 場合によっては殺すぞ」


この冒険者組合の支部長であり目の前の男、イフの『飼い主』だ。


「なにも......ありません......。なんて言える筈があるわけないでしょう。希望のはずの彼は......なぜいつも肝心なときに現れないのですか、支部長」


涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げながら彼女は言った。


「誰がいつ、イフは希望になると言った? イフはただ強いだけの冒険者のはずだったよな?」



ピキり。

音が鳴った。

何かにヒビが入るような、音が。


今まで喋らずに聞いていた、イフと呼ばれる青年はやっと動いた。


腰の鞘から剣を抜き放つとポツリと溢した。


「だがそれはあくまでも可能性の話だ。あったかもしれない話だ。ifの世界線だ。俺がいたところで何かが変わったかもなんて、ありえない。イフは認めない」


_イフなんて縋れない。


地面に突き刺す剣。

その剣からは欠片の光なんて感じず、希望よりももっと何かが。


そう。

まるで絶望。


鳥肌が一気にゾワリと立った。


「イフ!!!」


叫んでいる支部長。

漸く笑った女の子。


「イフの為に行く。イフがifを認めるために」


【ifはイフだけの物だ】


この言葉が合図だったかのように、闇が広がり冒険者組合にいた者はガタガタと音を立てて倒れていた。


みんな、眠っているのだ。

さあ、おやすみ。


これからは、イフの時間だ。





過去に遡るのは禁忌とされている。

その魔法を平気な顔で幾度も使う者がいるという。


その者が魔法を使うのは自分の過去。

救えなかったifのために。


その日から彼はifとなった。

彼はどんどん存在が消えていっているのも気が付かず。


身をすり減らし。

自らを潰していくのだ。


それが自分のためと嘘を吐いてまで。



それは、誰の為でもない。


それは、自己破滅でしかないのに。

彼は気付くことが、出来ない。


それは、彼はもう自分を認識出来ないから。

彼を最後まで見守れるのは、一体誰か。




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