第13話 エピローグ 〜終わりと始まり〜

オルランドが天井から暴風龍テンペスタドラゴンのヘルムートに乗って帰った後。オリベイラは急いでサンドラを探した。

意識を回復したサンドラもオリベイラの元へと向かっていた。


「サンドラ!」


「オリー!」


お互いもう離さないとばかりにきつく抱き合った。先ほどまで骨折していたサンドラ、未だ傷が塞がってないオリベイラ。しかし、それでも手を緩めることはない。


「サンドラ、ここが僕達の新居だと言ったことは撤回する。」


「オリー。もちろんいいのよ。あなたの思うがままに。」


「険しい道になるが、付いてきてくれるか?」


「はい。あなた。」


「もう貴族らしい暮らしはできない。それでもいいか?」


「はい。あなた。」


どこまでも真っ直ぐに返事をするサンドラ。そして何かを言いたそうだが、口から出せない様子のオリベイラ。




ややあって……ようやく、意を決したかのように口を開いた。


「サンドラ! 結婚してください!」


「オリー! もちろんよ!」


そのまま見つめ合う二人。顔と顔が近づいていく。目を閉じるサンドラ。サンドラの赤き唇へと、ぎこちなく口を寄せるオリベイラ。


何か硬いもの同士が当たったような小さな音がしたが、二人はもう違う世界の住人と化していた。お互い以外に何も存在しない世界へと旅立ったかのように。




二人が我に帰った時。周囲には誰もいなかった。ここを去るつもりのオリベイラではあるが、弟に頼まれたことは最低限やるつもりだった。アキラギア将軍と相談し、領地の支配体制を確立する。それには今回帝国に味方した貴族の処遇、味方しなかった貴族の処理も含まれる。





全ての仕事を終えた時、すでに半年もの時間が経過していた。


旧ユムネホフ王国はダイヤモンドクリーク帝国オリベイラ領へと名を変えた。


サンドラの生家、トリスティーナ公爵家は領地を四割ほど増やすことに成功した。しかし、サンドラが家に戻ることはなかった。


パーティーにてサンドラの危機をオリベイラに知らせた友人の家は莫大な褒美を賜った。


旧ユムネホフ王国の王族の生き残りは実務能力のある者は裏切りを不可能とする『隷属の首輪』を着けられて帝国中枢で働かされている。無能な者は鉱山へと送られた。


旧ユムネホフ王国の重鎮達。丞相や将軍は捲土重来を期して逃亡していたが、敢え無く発見されその場で切り捨てられた。そこには将軍の次男クライドの姿もあった。


オリベイラの双子の弟オルランドは無事、皇太子の座を手に入れた。腹違いの弟が攻略に失敗した他国を、オルランドが攻め落としたことも大いに影響していた。

そして、オリベイラはオルランドの皇太子就任式典に出席しなかった。宣言通り帝国に戻らなかったのだ。


やがて一年が過ぎ、オリベイラ領の支配体制も安定してきた頃。オリベイラとサンドラは姿を消した。細かく書き記された指示書があったため混乱は少なかったものの、部下や領民に愛された二人の失踪は領内に少なくない衝撃を与えた。

しかし二人の幸せを願う人々は決して彼らを探そうとしなかった。きっとどこかで幸せに暮らしているであろうことを祈るのみだった。




そんな二人の行き先は。


「よし、ここだ。ここを拓いて家を建てるぞ!」


「ええ、あなた。」


ムリーマ山脈にいくつも点在する盆地の一つだった。危険な獣がひしめくこの山で、夫婦二人だけの暮らしを始めるつもりなのだ。邪魔する人間はきっといない。このような山奥深くまでそうそう来れるものではないのだから。


「これからはずっと一緒だ。ここに僕たちの家族を、家庭を築いていこう。」


「はい、あなた。私、幸せよ。」


なお、オリベイラ領に居る間は二人ともダイヤモンドクリーク姓を名乗っていたが、引っ越しを機に姓を改めた。新しい姓は『モンタギュー』と言った。同様に皇族でも貴族でもないため『フォン』『ド』の称号も捨てた。

オリベイラ・モンタギューとサンドラ・モンタギュー。新たな人生が今始まる。常人では二日と生き残ることのできないサバイバル新婚生活が……





オリベイラ達が山へと消えて幾星霜。皇帝となったオルランドは兄との約束通り大陸を統一してみせた。しかし、二度とオリベイラとは会えなかった。晩年病に倒れたオルランドは、兄を求めてムリーマ山脈上空を暴風龍テンペスタドラゴンのヘルムートに乗って飛び回り、そのまま戻ることはなかった。


こうしてダイヤモンドクリーク王朝は三百年の長きに渡り大陸唯一の国家として君臨し続けた。


しかし、始まりがあれば終わりもある。三百年の治世で綱紀は緩みきっていた。貴族の横暴、役人の収賄、農村の荒廃、野盗の跋扈などで国は乱れに乱れた。やがてあちこちで反乱が起こり、ついには帝国全土をも巻き込んだ群雄割拠の戦国時代となってしまった。

戦乱の時代は五百年も続き、ムリーマ山脈の北側、旧帝国領は完全に消滅。北から襲い来た魔物の領域と化し、人の住める場所ではなくなってしまっていた。


その上、戦乱末期。北方にて魔王を名乗る存在までもが現れ、南の国々まで滅亡の危機に瀕していた。人類より大きく、肉体も魔力も強く、数も多い異形の魔物達。誰もが絶望する中でどこからともなく一人の若者が現れた。


イチローと名乗る若者は四人の仲間と共に見事魔王の討伐に成功。その上、バラバラだった各国をまとめることにも成功。再び昔の統一王朝のように強い国を作ろうと各国の王達も協力を惜しまなかったのだ。


そして初代国王となったのがイチロー。紫を異常に好むことから『勇者ムラサキ・イチロー』と呼ぶのが一般的だった。


こうして生まれた国が『ローランド王国』である。なおローランドとは、記憶をなくした若き日のイチローを助け、我が子のように面倒を見た老婆の名前である。


ローランド王国の物語はすでに始まっている……

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悪役令嬢サンドラの憂鬱 暮伊豆 @die-in-craze

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