雨、降らないかな?
肘木藻屑
雨、降らないかな?
広美が教室に入って来た。真ん中で机を寄せて、
「やってるね。」
広美が声をかけた。慧はリストに目を落としたまま、やってるよぉと返事をした。ここ数週間恒例の挨拶だ。恭子は顔を上げて広美を見た。
「前から聞こうと思ってたんだけどさ、それって地毛?」
「そうだよ。プール入ると色抜けるからね。」
本当だろうか?普通水に濡れると髪は黒く見えると思うのだが、広美の髪は西日に照らされてより一層明るく見えた。広美は胸に掛かるほど長い髪を後ろに回して、肩にタオルを引っかけている。
「終わんねーぞ。」
慧が広美と話し込もうとする恭子を注意した。机の上には数百枚あろうかという来場者の名前の書かれたカードと空の名札入れが置かれていた。リストと名札が対応していることを確認し、封筒に確認済みの名札を入れていく。
広美は二人を手伝うことにしたようだ。どうせ家に帰ってもすることが無いのだ。
「いやー流石。お世話になります。」
「どっかの誰かさんが一人でさっさと終わらせてくれてたらこんな直前になって手伝わせることもなかったんだけどね。」
慧が嫌味を言った。
慧と恭子は体育祭の実行委員というやつだ。最近二週間ほどは忙しそうに教師や他の生徒とやりとりをしている。
しばらく黙々と三人で作業を続けた後、唐突に恭子がぽつりと言った。
「明日さ、雨、降らないかな。」
予報では曇りということになっている。明日の朝7時に雨が降っている場合、体育祭は来週の予備日に延期になる。すなわち、体育祭延期にならないかな、というぼやきである。
「それだと先延ばしになるだけだよなぁ。いっそのこと隕石でも降らないかな」
慧でもそんなことを言うんだ。これでいいのか体育祭実行委員。
「降るって言うか墜ちる?必死こいて準備してる人達が一番面倒くさがってるのってなんだか面白いね。」
広美は外野なので面白がっている。この手のお祭りを一番楽しんでいるのはこういう人間なのだ。慧は続ける。
「現実味が無いよね。爆破予告とかしたらあっさり中止になったりしないかな。」
急に現実味を帯びてきた。間違いなく中止になるだろう。
「やってみたら?」
恭子も調子に乗ってはやし立てた。
「やってみない。けど、やろうと思ったら簡単にできそう。」
「確かに。」
この話はひとしきり盛り上がった。校舎への放火、校庭の爆破、塩素ガスの散布、更衣室の盗撮、会場にトラックで突っ込むなど、たかが体育祭を中止させるためにはあまりに大それた計画が持ち上がったが、その中には一介の高校生にもやろうと思えばできそうなものがいくつかあった。
「まあ、結論やらないけど。」
「こういうのって考えると怖いよね。一人一人ができるけどやらないから平和って」
「案外ばれないようにやってるようなやつはいるんじゃないかな?盗撮なんかばれなければ表沙汰になりようがないし。」
「それ平和って言える?」
私はイヤホンを外し、ノートパソコンを眺めるのをやめて、机に広げていた教材と共にまとめて棚に入れ、鍵をかけて学校を後にした。
雨、降らないかな? 肘木藻屑 @narco64
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます