第46話 信長のいない世界

 A.I(アフター家康)400年 (2015年) 



 中京都 名古屋区 松平学園 



 いくつもの書物とノートパソコンが乱雑に積みあがった部屋の中で、言い争いする女学生が3人。


「だからさぁ、冷戦もとっくの昔に終わってるのに、斯波ちゃんってば古いんだってばぁ?!」

「えええ、松永ちゃんそれひどい! でもさぁ、やっぱり第三次世界大戦は核戦争を見たいじゃん!!? 徳川ちゃんもそう思うでしょ?!」

「……40年前のおじいちゃんの苦労考えると笑えないからちょっと……」


 徳川ちゃんはそういうとカタカタカタとノートパソコンへの入力を再開した。


 斯波ちゃんと松永ちゃんが論争しているのは冷戦が熱戦に移行した場合の第三次世界大戦モノの架空戦記小説の評価についてである。冷戦突入後に核開発やキューバ危機、アフリカ独立戦争、イギリス内戦など様々な問題が発生し、それがこじれて核戦争に突入する……というのはつい40年前までは実感に満ちていて、それを空想した小説が山ほど出たのである。

 そしてその評価について斯波ちゃんと松永ちゃんはぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー言い合っているのだ。


「あー、のど乾いたー、お茶入れるね」


 そういうと斯波ちゃんは急須を用意してとぽとぽとぽ……とポットからお湯を注ぎ始めた。


「いやぁ、お母さんの代なら召使にやらせてたのにねぇ」

「いうなーー」

 ツッコミを入れる松永ちゃんに斯波ちゃんが悶える。


 アメリカの三つ子の赤字による財政崩壊で引き起こされた冷戦終了と緊張緩和に伴いいろんなことが変わったが、武家貴族たちの特権もその一つであった。すでに血筋は名誉のみを意味し、富貴は伴っていない。まぁ、そもそも一族が多すぎて当主でもない一族の末端のこの子たちはそれなりの生活をするので精一杯なのであるが。


「でさ、徳川ちゃんは何書いてんのさっきから」


 斯波ちゃんがお茶請けのせんべいをかじりながら問う。


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! 新しい歴史ロマン小説よ! 名付けて織田信長の野望!」

「……おだぁ?!!」


 

  ◆ ◆ ◆




「リアリティなさすぎ」


 読み終わった松永ちゃんが一刀両断に斬って捨てた。


「えええええ」

 

 徳川ちゃんがうめく。


「まぁ、オリキャラとして織田信勝に兄がいたらー、はまぁいいよね。でもこの桶狭間の戦いってこれはなくない? なんかこう都合よく雨が降って都合よく今川義元が油断してて都合よく突撃したら都合よく首が取れて今川家崩壊って……」

「あーーりーーえーーるーーのーーー」


「そのあとの美濃攻めのフラグとして、斎藤道三の娘と結婚してたってこれはいいわね。木下秀吉さんも活躍してるし、竹中半兵衛とか美濃衆も出番あるしさ」

「うんうん」


「そのあとの信長包囲網から、脱出するのに信玄が都合よく死にました、謙信が都合よく死にました、ってこれ何よ? あとうちの先祖謀反してるし」

「いいじゃない、松永さんってそういうイメージよ」


「本願寺が途中からライバルになってるのは、これインドの留学生とかが読んだら激怒しないかしら??」

「いやいや、本願寺だからオリキャラのライバルになるんじゃない! 他の雑魚キャラじゃだめなのー! 最後はこう和睦で!」


「信康さんが切腹したの織田信長のせいにするの!?」

「……本能寺の変って、しかも明智光秀が犯人?! ええええ!?」

「なんで最後の天下人が木下なのおおおお?! 斯波でいいじゃん!」

「って最後の最後で木下さんちの息子いじめて天下取ってるし家康公がこれでいいの??」


 斯波ちゃんと松永ちゃんの怒涛のツッコミに対して疲れ果てた顔で机に崩れ落ちる徳川ちゃん。突っ伏した机の上からつぶやく。

「あーーーー、でもこんだけ考えただけすごいでしょ?」



「ちょっとリアリティのないオリジナル展開がすごいけど、まぁ発想だけは認める」

「もう少し受けるもの書きなさいよ。転生モノとか」

 

 斯波ちゃんと松永ちゃんは言うだけは立派なのである。何も書かないが。


 

  ◆ ◆ ◆


 徳川家も斯波家も松永家も、もちろん大谷家もこのように続いていた。アフターイエヤス1000年、2000年まで。この信長のいない世界で。

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信長のいない世界 神奈いです @kana_ides

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