第2話 太良さんは、ボッチのままですか?


 ……ずっと、夢を見ていたんです。


 長い封印から目を覚ました時、あまりの時代の変容にあっけにとられながらも、それでも確かに嬉しかったのを覚えています。


 これで、ようやく私にも、友達ができるって。


 その子は、隣の席の穏やかな女の子でした。

 時代のギャップに戸惑う私を、「可笑しいね」って一緒に笑ってくれた可愛い子。気になることを共有することが、こんなにも楽しいことだって教えてくれたのは、彼女でした。嬉しくて嬉しくて、きっと私はどこかで舞い上がっていたんだと思います。

 ある時、私たちは二人でお出かけをしました。始めての電車に乗って、終始ドキドキでした。でも、そのせいで私は、気付けなかったんです。意図せずも契約を破ってしまっていたことを。


『……ダイダラボッチ、これからお前は武蔵の地神ぢがみたる私につかえるのだ。……ゆえに武蔵の地からけして出ることはできない。巨人の姿を明かすことも許されない……もしそれに背くなら……』


「……あなた、誰?」


 突然、彼女はそう言いました。私のことを不審そうに距離をとり、まるで私の事を、何も覚えていないかのように。


『引き換えに、友を失うことになる』


 友達が、私に関する記憶を失う。それが私に課された罰でした。事実、彼女が私のことを思い出すことは二度となく、私たちはまた、単に席が隣なだけの同級生に逆戻りでした。

 そのことが、あまりにも哀しくて。私は、もう一度、彼女と仲良くなろうとしたんです。だって、どうしても彼女を諦めきれなかった。

 今度は、最初の時よりも時間がかかって、その分前よりも仲良くなれました。でも、親密になればなるほど、私は自分が人外な存在であることを、隠しきれなくなって。


 ある時、私は真実を打ち明けました。

 彼女なら、信じてくれると、思っていたんです。事実、彼女は真剣に話を聞いてくれました。そして、


「……わたし、つかさのこと信じるよ」


 その時の私が、どれほど嬉しかったかわかりますか? 私は再び、天にも上る気持ちで舞い上がりました。

 

 でも、その先に待っていたのは、苦痛だけでした。


 調子に乗った私は、話してしまったんです、巨人化の方法を。私が彼女の家にお泊りしている時に、彼女は私のおへそにある封印の札を剥がしました。彼女が何を思ってそうしたのかはわかりませんが、私の言った事を全部信じてくれなかったのは確かでした。


 そして、彼女はもう一度、私の友達ではなくなったのです。

 

 私は転校して彼女の元を去りました。転校先では、もう一度友達を作ろうとは思えませんでした。そんな態度でしたから、あっという間にボッチになって、私はまた、あっさりと転校しました。そして、ここにやってきて、……放課後の教室で、菊地くんと、出会いました。


「……」

「……わかりますか、菊地くん。人外の存在だった私が、人間の友達が欲しいなんて、そもそも間違った願いだったんです。……だから、お断りです。私は、ボッチがいい。……もう私に、話しかけないで」


 放課後の屋上では、傾いた夕日の光が私と菊地くんを照らしています。彼の驚いたような視線が目に入り、胸がきゅっと痛みました。彼の口が何かを言おうと開くのを見て、私は耐えきれずに思わず目を閉じます。


 ……どうせ、バカにされる。笑われる。でも、それでいい。だって。


 ダイダラボッチには、友達なんて必要な……、

 

「……は?」

 

 菊地くんが、場違いにも素っ頓狂すっとんきょうな声を出し、

 

「え、いや、ちょっと待って太良たいら。……お前、なんか勘違いしてねーか?」

「勘違い? どういうこと?」

「オレ別に、お前と友達になりたくないんだけど!」

「……えっ?」


 私も、素っ頓狂すっとんきょうな声が出た。

 

「そ、それは私がダイダラボッチとか、変なことを言う奇人だからッ?」

「や、そこは割とどうでもいい」

「どうでも!?」


 ガックリと落ちる私の肩と顎。壮大な勘違いの発覚に頭が真っ白になる。そんな私を見て、菊地くんはなぜか微笑み、


「……てか」



「……可愛いから、彼女にしようと思ってた!」



「—―!?!?」


 ななな、

 そ、それってつまり? 


「……うん。好きだから、彼女になってよ」

「!」


 びりッ。


 気がつくと私は無我夢中でお札を破っていました。噴き出す光の粒。その中から現れる私は、夕暮れの武蔵平野に影を落とす、巨大なダイダラボッチ。


 こ、これできっと契約違反で菊地くんの記憶が……!


「……ん? 記憶あるな」

「……」


 次の瞬間、私はその巨大な足を振り上げ、


「ちょ、おま! 殺す気!?」


 だ、だってだって!


 両手で顔を抑えながらジタバタする私――ダイダラボッチ。軽く地震が起きてるだろうけど、それどころじゃありません。


「あ、待て! 逃げんな!」

「――俺はずっと側にいるから、お前が望むなら、武蔵野に骨だって埋める」

「!」


「だから、さ」

「……っ」


「彼女になってよ、太良たいら?」


「……」


 ダイダラボッチの身体が透き通り、みるみるうちに消えていきます。気がつくと再び屋上で、低身長少女の身体に熱を帯びた私。



「……か、考えとく」



 ダイダラボッチには、友達はできませんでした。


 ……でも、どうやら、彼氏はできそうです。




          了


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ダイダラボッチは美少女になっても、ボッチのままですか? 或木あんた @anntas

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