ダイダラボッチは美少女になっても、ボッチのままですか?

或木あんた

第1話 菊地くんは、ボッチのままですか?



 どうも。ダイダラボッチこと、太良たいらつかさです。


 急にすみません。癖なんです、こうやって空想上の友達に話しかけるの。ほら、私って普通の人間の方から見ると、少し身体が大きいじゃないですか? よく「圧がすごい」って言われちゃって。おまけに私、ドジなせいでこけた先で湖を作ったり、意図せずしてよく山を二つにしてたんです。そしたら案の定、人間の方々には避けられちゃって。……ええと、要は友達がいないんです、昔から。


 それで私、決意したんです。友達を作ろうって。『武蔵のミコト』という地神ぢがみ様にお願いして、契約をしたんです。「人々が神を忘れた時代に、人間の少女として過ごす権利を得る」と。


 長い封印を経て人の姿になり、現在私は十四歳。中学二年生の女子として、喉から手が出るほど欲しかった、憧れの低身長の容姿をわが手中に……、



「うおあー、巨人化して始祖の力で『ならし』してぇー」


 ……。


 放課後。武蔵野平野むさしのへいやに鎮座する、何の変哲もない学校の教室に響き渡る声。

 ウチの学校は部活動加入率がほぼ百パーセントのため、放課後に残っている生徒はほとんどいない。

 もしいるとするなら、それは。


「口からビーム打って、火の七日間やりてぇー」


 ……私と同じ、引っ込み思案のボッチさんに他なりません。


「人の領域を超えて、アディショナルインパクト起こしてぇー」


 先ほどから机に突っ伏して物騒な叫びを漏らしているのは、同じクラスの菊地くん。中二病全開なのは年頃なので仕方ないとして。


 ……あのー、毎度ながら、私もいますよー?


「って、できるわけねぇかー、はぁ……」


 机の天板に前髪をずりずりと押しつけ、菊地くんが深いため息をつく。先週くらいに気付いたのだけど、最近は毎日のように放課後、誰もいない教室でうなだれるのが彼の日課。……そして、それを密かに眺めている私。……いや、違いますよ? 別に好きでもストーカーでもないし。どっちかというとむしろ苦手なタイプです。……ただ。


「……身長……伸びねーかなー」


 ざっと見た感じ、百六十にギリギリ届かないくらい。実は上履きにインソールが入ってることは、秘密にしてるけど周知の事実です。きっとコンプレックスなんでしょうね。全然いいのに。低身長。


 何にせよ、彼の身長へのこだわりは、その中二的思考と相まって、どうやら巨人的なもの全般への憧れに繋がっているみたいで。


 なんですかね、これ。ダイダラボッチとしては、すごくヒヤヒヤするんですけど。


「……ハッ!?」


「あ」


 大変です、バレました。


「た、たい? ……い、いつからそこに?」

「え、と、その、……『ならし』くらい?」

「っ!」


 ど、どうしよう、すごい勢いで菊池くんの顔が真っ赤になってます。

 なにか、フォローしないと。


「き、気にしなくていいですよ! ほら、本当に巨人化なんてしたら、損することしかないだろうから!」

「……、例えば?」

「ええと、よ、腰痛がひどい!」

「……お、おう。確かに、重力負荷は高そうだな……他は?」

「その、……地表のものを探す時、目が痛い!」

「……なるほど、確かに視力悪かったらツラそうだよな」

「あと何より、……スカートだったら、下からパンツ丸見えです!」

「……そ、それは、穿く方が悪くね? ……って、ちょっと待て」


 そこで菊地くんが怪訝そうに私の顔を凝視して、


「……なぜに、そんな巨人目線?」


 ぎく。ちょ、調子に乗りすぎた。どうしよう。


「え、えと……その、それは……」


 菊地君の視線は、私からちっとも離れない。手汗がじんわりと滲むのがわかった。もしかして、バレた? 私が、ダイダラボッチだって?


「お前……」

「……!」

「……もしかして、面白いやつなのか!」

「……」


 よかった。菊地くん、意外と素直に解釈する人みたい。

 私が内心ほっと息をついたのも束の間、


「……じゃ、俺、帰る!」


 カバンを抱えた菊地くんが、乱暴に立ち上がる。


「え、あ、じゃあ……」


 ぎこちなく返答する私の目の前を横切って、そのまま扉に手をかけて、止まる。


 ……? どうしたんだろう?


 なんて、私が呑気に思っていると。菊地くんが振り返り、


「……またな、太良。……さよなら」

「え、うん、……さよなら」


 ガシャン、と強引に閉められた扉が、枠にあたって跳ね返る。その様子を見て、

 へ、変な人ー。なんて私は思いました。


 その時の私は、まだ、知らない。


 翌日から、菊地くんに毎朝、挨拶されるようになること。


 放課後には、決まって「ほら、これ」と、ぎこちなく、巨人系の漫画を貸してくれるようになること。(次の日には必ず感想を求められるのは、言うまでもなく)


 そしてそんな彼の様子を、私は『自分と友達になりたがっている』と解釈して。


 ……丁重に、お断りしようと、決心することを。


 私は、まだ知る由もありませんでした。


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