マッチ売りの少女

高黄森哉

年の瀬

 今年最後の日、石畳の通りに人は忙しなく点々としていた。身の引き締まるような寒さの下、小さな少女はマッチを売っていた。次々と年末の仕事を抱えた人間が交差していく。


 その少女の父親は貧しかった。父親はマッチ箱を渡し、『そのマッチが売り切れるまで帰って来るな』と言った。だから、この寒空でも家に帰えるという選択肢はなかった。


 少女の指先は、かじかんでいた。それでもマッチを売らなければならなかった。少女は誘惑に負けて、マッチを一本擦った。気が付くと温かい家の中にいた。テーブルには七面鳥が乗っていた。机のそばにはクリスマスツリーが飾られて、その元にあるプレゼントを開けると洋服が入っていた。


 その洋服に手を掛けた時、マッチを落とした。すると火は砕け、幸せは煙のように消え失せた。少女は今のがマッチが見せた幻想だと悟った。


 ふと見上げると、澄んだ夜空に流星が群れをなして、煌めいていた。その時、少女は、彼女をかわいがってくれた祖母が、流れ星は誰かが死ぬときに流れるのよ、と話してくれたのを思い出した。


 風が吹くとコートを着た中年の男がくしゃみをした。寒さは増し、寂しくなった少女は、これで最後とマッチを擦った。祖母が現れる。その膝元まで駆け寄る。そのぬくもりは本物だった。これは幻想なんかじゃない、そう信じていないと崩れそうだった。


 少女は膝の上から傾いた通りを眺める。そこには自分より、さみしそうな大人たちが、下を向いて、せっせとただ歩を進めていた。少女は優しさから、残りのマッチをみんなのために使うことにした。


 手始めに大通りのクリスマスツリーに火を灯す。つぎに家に火を灯し、さらに図書館にも火を灯した。たちまち、小さな町は炎に包まれた。


 後日、到着した行商人は、燃えカスになった街を呆然と観光し、その模様を新聞に伝えた。不思議なことに、どの遺体もまるで年末の仕事から解放されたかのように幸せな顔を浮かべていたという。遺灰は、幻覚を見せる麻薬として取引され、最初に町の惨状を伝えた行商人は、真っ先に販売ルートを開拓し、裕福に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。


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マッチ売りの少女 高黄森哉 @kamikawa2001

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