第3話 先代の尻拭い
「カルロス家の通貨が、出しただけで相手への侮辱になる、と言ったらどうする?」
「別に、何も驚くことはありませんわ。フルネス様の行いを見れば、そんなもの火を見るより明らかでしょう?」
「正解だ。発展具合が素晴らしかったので安心したが、この様子ではあそこはうちの領地にあるにもかかわらず、カルロス家が管理しているわけではないのだな」
どうなってんだ一体。うちの管轄にないということは、税が取れないということだぞ?
この家の収入はどこから集めていたんだ?
「ソフィア、この家の金の収支状況をまとめた紙を用意しておけ」
「というと思って、すでにここに用意してありますわ」
仕事が早いな……。
こんな優秀な世話役があのクソ親父のお付きだったとは……まさに豚に真珠だ。
ソフィアが取り出した紙はせいぜい3枚程度。領地の収支をまとめて紙としてはやけに少ない。
それを受け取り目を通した俺は、驚愕する。
「街では貨幣経済が浸透しているというのに、納税方法が現物だと? これはなんの冗談だ」
「外出禁止令が出ていた理由がこれですわ。私たちも給料をいただいたことなどありません。だって、この家から出なければ貨幣なんて使いませんからね」
家から出なければ確かに貨幣を使うこともないな。外から食料が入ってくるのだから、ちゃんと生きていける。
だが、ひどいものだ。いったいこの家の体制は何十年前から止まっているんだ?
「まずはカルロス家の貨幣の価値と信頼度を上げることが先決か」
外出禁止令の廃止、そして納税方法を貨幣に。まずはそこから着手するとしよう。
「俺は農村を回る。外出禁止令は今日で撤廃だ。隣の領の情報も集めておけ。それと、おそらく俺が領主となったことに不満を持つ輩は多いはずだ。反乱を起こさぬよう、内側はお前がしっかりと見張っておけよ。セーリャでは頼りない」
ソフィアはキョトンとしてそのまま動かずにいた。
「何かおかしな事でも言ったか?」
「い、いえ……先代とのあまりの違いように、驚いてしまっただけですわ……」
「領主となったからには、上にいかねばならんからな。振り落とされずについてこいよ」
「……は、はい……」
「言い忘れていた。先に家臣をすべて集めろ。今後の方針について意思を共有する」
「わかりましたわ」
外で待たせていたセーリャを迎えにいき、俺は全員が集まった領主の間へと向かった。
「さて、これから全員の前に正式に領主として出るわけだが、当然俺に対して不満を持っている人間がいるだろう。もしもの場合は頼んだぞ」
「任せてくださいカール様!」
俺はおそらくこの家で最弱だ。物理で殴り合おうものなら確実に負ける。
レベル差10程度であれば力や能力以外の要素でなんとかなるが、それ以上離れるともどうしようが勝てない。
世話役の平均レベルはおよそ50。一般的な傭兵のレベルが40であるから、その強さが理解できるだろう。
戦場に出て戦う平均的なレベルの傭兵は、少し強い家政婦に一捻りにされる。
なので世話役がついている限り、俺の兄弟が俺にちょっかいをかけてくることはないだろうが、問題は世話役を使って俺にちょっかいをかけてきた時だ。その時は流石に俺の身も危ない。
そんな心配をしながら、かしずく家臣らの間を抜けて、玉座へと腰を下ろした。
前列を見たところ、俺の兄弟がそこを埋めていた。
さて、始めるか。
「カルロス家の現状と、今後の方針について意見を共有しようと思う。まず、現実問題として受け止めなければならない重要なことが一つ。うちの貨幣は街では無価値であるだけでなく、差し出せば相手への侮辱と取られるほどに信用のないものとなってしまっている」
想像していた通り、動揺が巻き起こった。
前列の兄弟らは顔をしかめて、いかにもお前のいうことなど信じるか、といった様子だ。
「まあ、昨日今日で領主になった人間の言葉だ。そう易々と信じられぬまい。それに、お前たちは外に出たことがないのだからな。そこでだ。今日から外出禁止令を撤廃し、自由に外出する許可を全員に与える。自らの目で、この領の現状を確認してくるといい」
俺の兄弟はまだしかめっつらを崩してはいないが、世話役の方からは歓声が上がっている。よほど外の世界が見たかったのだろう。世話役は味方についたな。
ちょろい。
世話役さえ味方につければ、あとはこっちのものだからな。
「これが一点だ。もう一つ。今後の領地経営について。俺はカルロス家とこの領を大きくするつもりだ。そう、他領を侵略するつもりだが、異論があるものがいればこの場で申し出ろ」
すると、
「侵略など反対だ。この平和な世の中で、なぜわざわざ争いを起こそうとする!」
カルロス家次男の、ピピールがそう言い放った。年は俺の三つほど上、恵まれた体格の好青年だ。
「平和? 平和と言い切るその心は?」
「父上の代から、一度も戦争など起こったことはないはずだ。争いがないということは、平和であるということの裏付けではないか!」
「なるほど、お前は明確な『衝突』がなければそれを平和だというのだな。ソフィア、隣領についての資料を持ってこい」
手渡された資料を上から順に目を通していく。
さて、俺が知りたかった情報は……と。お、あった。
「家の領地の中心とも言える街、カルロスサンドリアだが、そこで使われている貨幣は、隣の領、フランドル家のものであることがわかった。しかも、そこでは家の貨幣はまるで糞尿かのような扱いを受けている。これが何を意味しているか?」
「……どういうことだ?」
頭のキレる人間かと思っていれば、どうやらそうではないらしいな。
「これはフレンドル家による我が領へのれっきとした侵略行為である。普通の領主であれば、絶対に許さないであろう行為である。その現状でありながら貴様のいう『平和』であり続けたのは、我らが父、フルネスが衝突するのを避けていたからに過ぎないわけだが、貴様はこのまますべてを侵略されて、我が家やわが領地に住まう農民たちが安全でいられると思っているのか?」
ピピールは俯いたまま、返事はなかった。
「俺なら皆殺しか僻地に飛ばすが? 自らの行いにケチをつけられても面倒だからな」
「わ、わかった。お前の意見に同意する……」
隣のセーリャがニマッとこちらを向いて微笑んだ。
全く、何を考えているのか。当たり前のことを当たり前に言っただけなのだが。
「他に異論があるものは?」
誰も意を唱えるものはいない。難癖つけられるかと警戒していたが、その他の兄弟も黙ったままだ。
「そうか、ではまず手始めに、一年で首都カルロスサンドリアを奪還する。報告は以上。優秀であると判断したものには、それ相応の地位を用意するつもりだ。一切の立場関係なく、平等に能力のみを評価する。解散だ」
「おいピピール」
誰もいなくなった領主の間で、俺は先程の兄に声をかけた。
「恥を書かせてすまなかったな。だが、いい演技だった」
「この恩を一生忘れるなよ。たく、どんだけ恥かかせりゃ済むんだ? 俺もお前の意向には同意するが、もっとやり方があっただろ」
「すまないすまない。いかんせん、時間がなかったものでな。貴様の恥まで考慮する暇はなかった」
「……え? カール様、あれはすべて演技だったというのですか?!」
隣にいたセーリャ、ソフィア、そしてピピールの世話役までもが、豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
「今言った通りだ。付け焼き刃だが、これで領地経営に注力できる。だが、まだ他の兄弟がどう思っているかはわからん。引き続き警戒を頼んだぞ」
「は、はい!! カール様のために、一生懸命がんばります!!」
「わたくしも、お力添えできることがあれば、何なりと申し付けくださって構いませんわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます