第2話 レベル1の領主、現状を知る

「では、もう一度、読み上げますね?」


 部屋に戻った俺の前に、セーリャが紙を持って立っていた。


「『俺は旅に出る! 次の領主はカールな!』だそうです! カール様は本当に領主になられたのですよ!」

「……すまん、もう一度頼む」

「もう、いい加減認めてください。次で12回目ですよ?」


 やれやれ、と言った様子で手を広げるセーリャ。


 俺が出るはずだった旅に、まさかとうの領主であるクソ親父が出ていくとは……。

 現実味のわかない話に、俺は困惑していた。


「しかしな……。すまん、その紙を見せてくれ」


 首を傾げるも、セーリャはすぐさまこちらに紙を渡した。


「父上の直筆……陰謀という線は薄れたか」

「まだ疑ってらっしゃる? せっかく争奪戦もなしに領主になれたというのに!」


 と、セーリャは楽観的に俺に言うが……どう考えてもおかしい。俺は五男だぞ。

 争奪戦はもともと、長男がとんでもなく無能だった場合に、そいつが継承するのを防ぐための儀式だ。

 参加する人間はもちろん全員本気でかかるが、基本長男が有利になるようにできている。


 カルロス家の長男とはあったことがある。だが、それほど無能な人間だとは思えなかった。容姿端麗、剛毅直諒、はっきり言ってあれは優秀の部類に入る人間だ。


 そんな人間をおいて、なぜあのクソ親父は俺を指名しやがった?

 これを素直に受け入れるなど、まともな人間には到底できるまい。


「あ! 裏ですよ裏!! 裏見てください! 何か書いてますよ!」

「うら?」


 広げてみてみれば、そこには、


『なんか、面白そうだから、絶対カールに継がせるんだぞ!』


「これは……」

「ああ、世話役に向けたメッセージだろうな。」


 とりあえず、クソ親父の世話役をしていた人間の元へ向かおう。

 これが何かの陰謀ではないことを確認して、領主気分になるのはそれからだ。




「そうですわ。それは前領主様がお残しになったものですわ」


 艶やかな黒髪を腰のあたりで切りそろえた貴婦人。クソ親父の元世話役、ソフィアがそう答えた。


「父上は本当に、お前に、手渡ししたのか?」

「ええ、昨夜のことでした。なにやら部屋でゴソゴソという音がしていたので、心配になり声をかけた時に」

「……なぜ止めなかった?」

「めんどくさかったので」


 悪びれもなくそういう。態度からして、父上から手紙を受け取ったというのは、どうやら嘘ではないらしい。ついでに、止めるのがめんどくさかったということも。


ソフィアが、はっと思い出したかのような顔をした。


「ところで、今日からあなたの世話役となりますので、よろしくお願いしますわ」

「聞いてないぞそんな話は」


 俺の世話役であるセーリャに目配せすると、


「確かに制度上、主人のいなくなった世話役はその家で一番位の高い者の世話役になることになってますね!」

「そういうわけですので、よろしく頼みますわ」


 どうやら、本当に親父はどっかに逃げ出し、俺はこのカルロス家の領主となったらしい。教養のために歴史書は嗜んでいたが、おそらくこんな事例は過去遡っても一度もない。


 ……この親父の行いは、歴史に残るとんでもない蛮行だ。


「ね? カール様? カール様は本当にこの家の領主となられたのです!」

「のようだな。よろしく頼むソフィア」

「ええ、こちらこそ。私にできることであれば、なんなりとお申し付けくださって構いませんわ」


 若干上から目線なのは鼻につくが、優雅にスカートの端をつまみ上げる所作は、さすが領主の世話役、というほかなかった。


「とりあえず俺は領地の確認に行く。セーリャは付いてこい。ソフィアは家を頼む」

「承知いたしましたわ」


 頭を下げるソフィアを尻目に、俺は踵を返した。


「ところで、馬はどこだ? 流石に徒歩では領主の顔が立たん」


 例え家の者に蔑まれようとも、領民には偉く見せておかねば。

 最近は馬の鳴き声すら聞かなくなったが、どこかに移したか? 前は臭いわうるさいわで、勉学にも集中できぬほどだったのだが。


「一昨年、カール様への嫌がらせが飽きたからと馬小屋を撤去し、馬は焼いて食べてしまわれましたわ。一族みんなで」

「……なるほど」


俺はそんなパーティー呼ばれてないがな。他にも色々と突っ込みたいが、親父がいない今、何を言っても無駄だ。


「まあいい。行くぞセーリャ」

「えぇと……はい!!」


「いってらっしゃいませ」と頭を下げるソフィアを背に、再び俺は外を目指して歩き出した。


 まさか、移動手段の最たるものである馬を、俺に嫌がらせするためだけに飼ってたとはな。

 この阿呆も突き抜ければ、もはや尊敬に値するのだな。




「初めて敷地の外に出たが、街は意外と繁栄しているのだな」

「私も初めてです! ここがこの領地唯一の街、カルロセントリア……」


 セーリャも圧倒されるほど栄えた街である。

 綺麗に区画された最寄りの街の大通り。道の脇には露店が数多く並び、どこをみても人で賑わっていた。


「案外内政はしっかりやっていたんだな。あのクズ親父も」


 俺の独り言も聞かずに、セーリャは露天に走り、商品を眺めていた。


「らっしゃい! どれにすんだい?」


 みたこともないような紋様のアクセサリーが並べられた宝石店だ。

 気前のいい店主が声を張る。


「みたことない小物ですね? おひとついかがですか?」

「欲しいのか?」

「い、いえ!?? カール様が欲しそうな顔で見てたから言っただけですけど!?」

「しょうもない強がりをするな。金なら持ってきている。オヤジ、これと、これ、ふたつ貰おう」

「べ、別に欲しかったわけじゃないんですからね……っ? ま、まあ、カール様が下さるというのなら頂きますけど!?」


 強情を張るセーリャを横目に、

「へいまいど!」と輝かんばかりの笑顔で発した店主。


 だが、お金を渡した途端、その男の表情は一変し、


「おい」

「なんだ? 足りなかったか? 多めに渡したつもりだが」

「ひやかしにきたんか? ああ!?」


堰を切ったように怒りを露わにし始めた。


「おい、落ち着け。どういうわけだ?」

「ばカルロス通貨じゃねえか!! こっちは遊びで商売やってんじゃねえんだよ!!」


 ばカルロス……?

 家名を冒涜されたからと言って、すぐに切れるほどの俺ではない。ここまで怒り狂うということは、何かしら理由があるのだろう。


「これだから沸点の低い輩は。お前がそこまで発狂する理由を教えろ」


 いかんいかん。少し頭にきて煽ってしまった。


「うおらああああ!! 調子に乗るなよクソガキがあああ!!!」


 さらに怒りを煽ったか、血走った目で俺に掴みかかってきた。


 が。


「カール様に触れるな。下民が」


 セーリャの放った強烈な蹴りが、男の顔面に炸裂。反動で自らの露店を破壊しながら、壁に当たってぐったりと倒れた。


 群衆がざわめき、視線が一気に騒動の中心へと集まる。


「……わけがわからん」

「カール様、お怪我はありませんか!?」

「ない。だが、一旦帰るぞ」

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