第7話 双子は不吉(ただし男子に限る)

「で、この裸族でハイエルフな危険物女を呼んでどうするの?」


 リビングのテーブルに座って両親に問い掛ける。

 父さんと母さんは互いに顔を見合わせ、やがて父さんがでっかい三角筋を落とし気味にして話しはじめた。


「……エリザ。心を落ち着かせて聞いて欲しい。お前は……お前は、俺とレリナの本当の娘じゃないんだ……」

「うん、知ってた」


 前世持ちのゲームプレイ経験者だからね。


「けど、それってそんなに重要なこと? 手前味噌だけど、私は父さんと母さんに愛されてると思ってる。私も父さんと母さんを愛してる。子供は親を選べないっていうけど、もし選べるなら、絶対に父さんと母さんの子供がいい」

「エリザ……ああっ、エリザ……っ!」


 母さんが感極まっておいおいと泣きはじめた。嬉しいんだけど、その綺麗な顔で鼻水まで流して泣くのはちょっとどうかなと思う。

 そんな母さんに苦笑しつつ、父さんが続ける。


「……お前の本当に身分は、この周辺を収める男爵家の次女だ。次女と言っても、双子の、だが」

「うん」

「お前とお前の姉は、生まれ付き身体が弱くてな。それに双子は縁起が悪いということで、お前は外に出された。その際、男爵家に借りがあった俺とレリナに預けられることになったんだ」

「ふーん」

「……その男爵家が、お前を呼び戻そうとするかも知れない。なんせお前は優秀だからな」

「は? 嫌ですけど」


 顔を顰め、絶対イヤだと言葉以上に態度で示す。


「捨てておいて今更戻そうだなんて、ムシがよすぎる。絶対にヤだ」

「……だが、貴族だぞ? 綺麗な服も着れるし、美味い物も食える。そういう生活に憧れはないのか?」

「そんなの、父さんと母さんを捨ててまで得る価値があるとは思えないけど」

「エリザぁあああああっ!」


 うわぁああん、と泣きながら母さんが抱きついてきた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を私のお腹に押し付けてくる。鼻水が……。

 母さんの頭をよしよしと撫でながら、父さんと話を続ける。


「それに、双子が不吉だなんて単なる建前でしょ?」

「貴族は双子を望まない。家督相続に影響するからな」

「そうね。でもそれは男子の場合でしょ?」


 この世界でも、貴族の家督は基本的に嫡男の男子が相続する。その後は次男、三男と続く。双子というのはこの家督相続の優先順位を曖昧にするから、貴族や土豪などの有力者から忌み嫌われる。

 ……けど、それはあくまで家督相続に関わる男子の場合だ。

 翻って女子に限れば、双子というのはそれほど厄介ではない。何故なら、貴族にとって女児というのは婚姻外交の大切な駒だからだ。婚姻政策が有用なのは、地球史におけるハプスブルク家を見ても確かなことだろう。双子の女児なら、婚姻外交に仕える道具が増えてラッキー、なくらい考えられなきゃ、それこそ貴族なんてやってられないだろう。

 なのに、私の実の親は私を外に出した。それはつまり、


「身体の弱い娘を二人も育てる手間を省いた。つまり私は死んでもいいとして捨てられた訳です」

「…………」

「死んでもいいとして捨てておいて今更戻すなんて、あまりにも私を馬鹿にしてます。私はそんな侮りには屈しません」

「エリザっ!! それでこそ私達のエリザだわ!!」

「殴られたら殴り返せ。母さんの教えですから」

「その通りよ!」


 ふんすふんすと鼻息荒く頷く母さん。綺麗な人なのに百面相で面白い人だよほんと。

 けど、母さんの言うとおりだ。殴られたら殴り返す。一度舐められたらしゃぶり尽くされる。それが嫌なら、舐められないように教え込むしかない。私に手を出したら痛い目を見る、と。

 思い出すなぁ、自意識過大なおっさんがセクハラしてきた時のことを、きっちり頬を叩いて上に報告して、きっちりお灸を据えてやった。以来、私にセクハラしようだなんて奴はいなくなった。

 我が身を守るのは、いつだって断固たる行動あるのみだ。


「やはりこの小娘、お主らの娘だな」


 蜂蜜酒を味わいながら、危険物女が面白そうに笑う……下着姿のままで。


「専守防衛と嘯きながら刃を研ぐ精神、若い頃のお主ら二人そのままじゃ」

「あら、私はいまでも若いつもりだけど?」

「……俺は年相応に丸くなったし、レリナほど過激でもないと思うんだがなぁ」


 母さんは嬉しそうに言った。

 父さんはそこかとなく黒歴史でも刺激されたような顔でぼやき、改めて私を見やる。


「舐められないようにするのは大事だ。殴られたら殴り返すのも結構。だが、殴り返すにはそれ相応の力と技術が要る」

「……まさか、この裸族のハイエルフから力と技術を学べ、と?」


 私は胡乱な視線を裸族美女――ミーシャに向けた。

 彼女は私達の話を聞いているのかいないのか、マイペースに肴のピクルスをぽりぽり齧っている。

 

「こう見えて、ミーシャは教師としても優秀だ。大貴族も頭を下げて令息令嬢の家庭教師に招くくらいだからな」

「…………」

「優秀なんだ。こんなでも」


 敬愛する父の言葉だが、私の疑念はこれっぽちも晴れなかった。

 確かに魔術師としては優秀かもしれないが、どう見ても人にものを教えられるような女には見えない。


「だいたい、私は母さんから回復魔法を教わってる途中ですよ?」

「エリザはもう基礎は出来てるから、あとは経験を積めば自然と応用の技術が身に付くわ。正直、私について回復魔法を極めるより、殴り方を覚えた方が有用だと思うわ」


 母親としては悔しいけどね、と母さんは言った。こんな事を言うということは、ミーシャは両親に信頼される程度には優秀らしい。

 ……私にはまったく信じられないが。

 とはいえ、攻撃魔法には正直心惹かれるものがある。由緒正しいオタクな日本人としては、『これはメ○ゾーマではない……メ○だ』くらいには魔法でイキってみたい。


「……分かりました。この裸族はまったくこれっぽちもぜんぜん信じられませんけど、父さんと母さんの言葉を信じてみようと思います」

「話はまとまったか?」


 木杯に残った酒をがぱっと飲み干し、裸族ハイエルフが帽子とローブを被った。すっかり身体が隠れるが、その下が紫レースのスケスケ下着だと思うと、もう魔術師ではなくて変態の格好としか思えない。


「では、行くぞ?」

「へ?」


 ミーシャの無駄にきれいに整った手が肩に置かれた瞬間、私の視界がぐにゃりと歪む。

 歪んだ視界の向こうで、父さんと母さんが名残惜しそうに手を振っていた。

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憧れのお姉様の悪堕ちはゼッタイ阻止します! ……って寄ってくんなこの王子っ!? お姉様っ!? お姉様の瞳のハイライトがぁ~~っ!?  翅田大介 @daihane

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