第6話 エロエルフの謎を探るべく我々は異世界アマゾンの奥地へと……
「随分と派手にやらかしたようだな」
熊のような大男――ドルフの言葉に、黒帽子に黒ローブの美女が顔を顰める。絶世という形容詞を誇る美貌だが、今は泥まみれになっていた。
ドルフはちらり、と美女が小脇に抱えたものに視線をやる。これまた泥だらけの濡れ鼠といった有様だが、間違いなく彼の愛娘のエルザだった。
「……どうだった? ウチの娘は?」
「…………ふんっ。いいさ、認めようじゃないか。この子供は大したものだ。さすがは『地竜砕き』ドルフの娘というところかの?」
「俺も驚いている。まさか『炎竜燃やし』ミーシャに泥を食わせるとはな」
ドルフが髭に覆われた口を歪めて笑うと、美女――ミーシャはますます憮然とした。
「まぁ、ミーシャ!? どうしたの、その格好っ!?」
家の奥から現れたレリアが、泥だらけの美女と我が娘の姿を見て、素っ頓狂な声を上げる。
「……ふん。お主のらの娘に一杯食わされたわ」
「ふぅん? たしかにたくさん泥を食わされたみたいね」
ミーシャにわずかに劣るが、それ故に人間的な美貌のレリアがころころと笑った。
レリアに笑われ、ミーシャが絶世の美貌に諦念を浮かべた。
「分かった分かった。儂が泥を食わされたのが面白いのは分かったから、さっさとこの忌々しい
ミーシャが小脇に抱えたエリザを差し出そうとしたが、レリアが怖い顔をして首を振る。
「その前に泥を何とかして頂戴」
「やれやれ。傷心の戦友に優しい一言もなしか」
ミーシャは嘆息すると、小さく
ミーシャがかるく顎をしゃくると、汚濁の球体が少し離れた地面にべしゃっと落ちた。
「ほれ。これで良かろう」
キレイになったエリザを差し出すと、レリアが丁寧に娘を受け取る。気絶したままの娘が満足そうな笑顔を浮かべているのを見ると、くすっと楽しそうに笑った。
「たくさん遊んで満足そうね」
娘をベッドに連れて行くレリアを見送ると、ミーシャは無言で立つ大男に目を向ける。
「随分とあの娘に夢中じゃの」
「ああ」
「実の娘ではないのだろう?」
「関係ない。あの娘は俺とレリアの子だ」
「それだけではない。あの娘、おそらくは『
「それも関係ない。あの娘は俺達の愛を受け入れ、俺達に愛を返してくれる。それだけで十分だ。俺たちは家族だよ」
「……変われば変わるものじゃのう。レヴェランド王国に悪名を轟かせた狂戦士が、いまでは子煩悩な父親か」
ミーシャが苦笑していると、レリアが戻ってきた。
レリアは悪戯が成功した子供のような顔でミーシャを見つめる。
「さて、それじゃあ聞かせてもらいましょうか。『炎竜燃やし』と名高いミーシャ・ミグラシアが、どうやって七歳の子供に泥を食わされたのかを、ね」
「……お主は変わらんの。笑顔で心を抉ってくる。なんという性悪じゃ」
それこそ泥を食わされたように苦い顔をするミーシャ。
ドルフとレリアは娘の武勇譚を聞き出すべく、苦り顔のミーシャを質問攻めにするのだった。
※ ※ ※
「……はっ!? あの野郎バカ野郎! ふざけんな陰険美女!!」
目を覚ました瞬間、私は飛び起きてファイティングポーズを取った。
あのクソ危険物女、七歳の子供の後頭部を《エア・バレット》で撃ち抜くなんて!? どんだけ児童養護精神が枯渇してるんだ!!
ぐるるるるる、と唸りながら周囲を伺えば、いつの間にか家のベッドに寝かされていた。もう陽は沈んだらしく真っ暗だ。
さすがにあの危険物女も、泥まみれの中に子供を置き去りにするようなクズではなかったらしい。
リビングから、笑い声が漏れてくる。
足音を忍ばせ警戒しながら扉を開くと、ランタンの照らす中で、両親と、あの危険物女が木杯でワインを飲みながら談笑していた。
「目が醒めたか、エルザ」
「エルザ、大丈夫? まだ頭痛い?」
「……おはよう、父さん、母さん。頭は大丈夫だよ」
心配してくれる両親だが、私の視線は危険物女から離れられなかった。
椅子にだらしなく座った危険物女は、黒い帽子とローブを脱いでいた。帽子に収まっていたであろう長い銀髪が、光の滝のように背中を流れている。人間離れした美貌に見合った、神秘的な色の銀髪だった。僅かに虹色がかって輝いており、銀色というよりは
「目覚めたか、小娘。ん? どうした? 改めて儂の美貌に見惚れたか?」
危険物女が美貌に笑みを讃え、笹型の長い耳をぴこぴこ動かしながら言った。
……そう、笹型の長い耳。
人間離れした美貌というのも道理。この美しさに比例したトゲトゲだらけの精神破綻女は、エルフだったのだ。
転生して初めて見るエルフに、ちょっとだけ感激していた。こんな危険物女じゃなければ、もっと素直に感激できただろうに。
だが、それ以上に私が気になったのは……
「……なんて下着姿なのよ?」
そう。
この危険物女、身に付けているのはブラとパンツだけだった。おまけに、やたらと飾り付けられて扇情的な、いわゆる勝負下着的なやつだ。
なんだこいつ。母さんがいる前でウチの父親を煽ってるのか?
心配しながら頭を巡らすと、父は『気持ちはわかる』と言いたげな顔で溜息を吐いた。
「……エルザ、この無駄に美貌を振りまく女は、ただのエルフじゃない。ハイエルフだ。ハイエルフについては、お前も知っているな?」
「受肉した精霊でしょう? 光の女神アルタシア様と大地の神タイタルス様が、世界樹の守護者として生み出したとされています」
私が答えると、母が「さすが私達のエルザだわ! さすエル!!」と言って抱きついてきた。
母は結構な知識人で、この世界の神話や逸話をたくさん聞かせてくれるのだ。たぶん、昔は貴族だったんじゃないかな? あまり詳しくは訊かないけど。
「そうだ。世界樹の守護者である以上、ハイエルフは神秘の森から出てくることはない。だが例外もあってな……世界樹が代替わりすると、先代のハイエルフは守護者の任を解かれる。大抵は神々の眷属として召し上げられるのだが、地上に残るハイエルフも居る。現在のエルフは、そんな地上に残ったハイエルフの子孫だと言われている」
「じゃあ、この危険物女も、先代か先々代かの世界樹の代替わりでお役御免になった変わり者なんですか?」
「危険物女! 言い得て妙ね! いいわ、私もこれからこの女は危険物女って呼びましょう!」
母が危険物女を指差しながらけらけら笑う。見た目は儚い佳人なのに、子供っぽい人だ。
「……ミーシャ。お前、自己紹介もしていないのか?」
「ん? そうだったかの? したよな、小娘?」
危険物女――ミーシャが、小首を傾げる。緻密なレースで飾られた紫のブラに収まった巨乳がたぷんと揺れる。美貌に見合ったけしからんおっぱいだ。ちくせう。
「……ミーシャ・ミグラシアだ。俺とレリアの古い知り合いだ。お前の言う通り、変わり者のハイエルフだ」
「変わり者とはなんじゃい。従神に昇華するのなんていつでも出来る。ほんの千年ばかし地上を楽しんでからでもバチは当たるまい」
そう言って、ミーシャは手にした木杯の中のワインを飲み干し、ぺろりと唇を舐めあげる。
「……この危険物女がハイエルフなのは分かりましたが、それが下着姿なのとどうつながるんです?」
「……ハイエルフは受肉した精霊だ」
「はい」
「精霊には文化などない。当然、服を着るという文化もない」
「……はい?」
「分かりやすく言えばな」
父は腕を組み、この世の真理を語るかの如く重々しい口調で、
「ハイエルフは、裸族だ」
と、言った。
「この女もな、初めて出会った時は全裸だった。それから口を酸っぱくして、なんとか帽子とローブを被せて、下着も付けさせた。これでも進歩した方だ」
「本当は帽子とローブも必要ないんじゃがな。まぁ、儂の美貌と美体が目の毒と言うので仕方なく被ってやっている。下着は、儂の趣味じゃ。でかい乳と尻が無駄に揺れなくて便利だからの」
「……ちなみに、エルフも……」
「ハイエルフよりはマシだ。マシだが、目のやりどころに困る。おまけに人間的な貞節や奥ゆかしさとは無縁だからな。気に入った者とはすぐにまぐわろうとする」
父が長々と嘆息した。
私も溜息が出そうだった。
よりによってこの世界のエルフがエロフだったなんて……。
「ワインは飽きたから、次は蜂蜜酒がいいな」
そんな私達にはいっさい頓着せず、裸族のハイエルフは図々しくおかわりを要求した。
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