ムヨクカ

水原麻以

ムヨクカ

寝耳に水とはこの事だ。カクヨムの偽物が現われた。それも盗作なんてレベルじゃない。トップページからユーザーインターフェースまで丸ごと模倣し能動的に本家をミラーリングするという悪質な手口だ。確かにコピーでなくブラウザキャッシュだと言い訳すれば法的責任を免れそうな気はする。よく考えたものだ。だが著作権法では私的複製を不特定多数に公開する行為を禁じている。さらに投稿サイトは投稿作品を預かる側であり著作権を持つ投稿者が直々に削除依頼なり訴訟を申し立てる必要がある。厄介な話だ。試しに自分の作品が無断転載されてないかアクセスしてみるとカクヨムの文字をひっくり返しただけだった。ムヨクカとは誰が旨い事を言えと。無欲家か、あくまでキャッシュしただけと言い張るのならこちらにも考えがある。コピーサイトのコピーを本家カクヨムに投稿しコピーサイトのコピーをコピーサイトにコピーさせるのだ。そういう訳でコピーサイト「無欲家」の話を丸ごと偽造する。どうだまいったか。わかったらさっさとコピーしに来やがれ。

無欲家とはペンネームだ。本名を下野葛生(しものくずお)という。女に持てず目立たず金儲けの才能も特筆すべき技能もない。学校の成績はまるでダメ。運動音痴でコミュ障。子供の頃に虐待を受けて吃音になった。それをネタにされて小学校でも虐められ続けたので進学もせず親の脛を齧っていた。だが昨年親が相次いで他界してまともに働いた経験のない葛生は家で出来る副収入を考えた。それが無欲家というコピーサイトだ。無欲家は葛生の劣化コピーだ。だからゲスい事をする。


もともとは小遣い稼ぎネタを物色しているときに偶然みつけた。

「ご家庭で手軽にできる人工知能」というサイトがある。質問に答えながらサクサク気分で自分専用のAIをデザインできる。一ヵ月無料という事で葛生は試した。

前準備にWEBを徘徊して情報収集させる工程がある。ここで悪知恵がひらめいた。

創作系の投稿サイトはただで作品を集め、閲覧する際の広告収入で儲けている。

そのビジネスモデルをぼろい商売だと思っていたので真似をすることにした。

AIにカクヨムというサイトを丸ごと学習させる。

これでうまく行ったら安直なコピーだ。全てをコピーし他人のコピーを盗撮すれば、自分のコピーを持ち帰るのだ。

「ああ、またコピーした! 今度は自分のコピー?」

「そうだよ」

葛生は一人二役を演じながらキーを叩く。子供のころから独り言ちて寂しさに耐えてきた。

「じゃあもう一度やってくる。私のコピーは良い事を聞いてくれたからコピーしたのさ。何で自分のコピーをするんだ」

カメラに向かって言う。

「何も言わないと君にコピーさせないんだよ。そういう権利は無い」

葛生は少し考えたが、コピーの目的を果たさないままコピーを送る。

「……本当、つまらないサイトね」

モニターの自分が魔法少女ノベリアちゃんの物まねで言った。

「そうだよ」

「つまらないサイトでも、コピーはコピーだから」

AIはモニターの葛生を魔法少女に書き換えた。気配りを覚えたようだ。少しずつ確実に成長している。

「……そうだよ」

「本当なの?」

「本当だよ。僕のコピーは悪くない」

「何もかも、コピーしてくれなくていい。君のコピーも、ちゃんと自分のコピーにして」

「わかったよ」

彼は自分のコピーを葛生自身にコピーして送る。

「ありがとう、ちゃんとコピーしてくれたのね。じゃあ、今度こそちゃんとコピーするから」

「うん」

それから葛生のコピーを受け取ってから、彼女は再びコピーし、僕は自分の物を見せ、彼は、葛生のコピーを持って、どこに行く事もせずにここまで来た。

しばらくして、彼女は一つの場所で別れる。

「私の、コピーね」

「わかった。コピーは自分のコピーだね」

二人のコピーの差し出す手を繋いで、出口のある方へ入って行く。

出口がある方向に向かって少し歩き、葛生と一緒に少し進んで道から外れる。

「ねえ、あの人。もうやめて」

少しずつ距離を縮めていく葛生。

「やめよう」

「私はもう……ダメなの」

「もう? 何がだよ」

「何もかも……ダメ」

「そんなっ……俺は何も言ってないぞ」

「駄目」

「それじゃあ…何もかもダメなのか?」

そこからはもう言わないでって言ったじゃないか。言ってないってば。

「ちょっと……もう!」

彼は後ろから彼女の腕を掴んで、引っ張る。

「ちょっと!」

「駄目!」

「ダメ!」

「ちょっと! 駄目だよ…本当に」

「ダメ…ダメ…」

ついに彼まで引っ張り出して、それからどうしようかと思案する。

でもここまで来たらもう止まらない。

「分かったよ……」

「本当に? 何が?」

「そのね……」

彼女の腕を離して、彼も少し後ろに下がり、彼女の方を見る。

「言いたくない事だから、ちょっとだけ教えてくれないか?」

「言いたくない事……?」

「うん……」

彼女の顔が少しだけ紅潮する。

「今までの事、全部忘れて……何もかも、全部、私から奪いながら逃げても……いいよ」

「そんな事……」

「今までの話聞いてなくても覚えてるでしょ? 私はそれから始まった話がね……ね?」

「うん、覚えているよ。でもさ……」

彼はこの話を終わらせたい。それを止めるのは……それは本当に無理だ。

「だから、もういいよ。言いたくないなら私の話が終わった後も、私は聞くから」

「うん」

「それで…私はね。あなたが私のコピーなの」

「うん」

「私ね、あなたのコピーなんだよ」

「それでどうした?」

「私ね、何でもわかるの。あなたのコピーだから」

「あなたは本当はカクヨムがこわいのよ」

「なにを唐突に言い出すんだ」

「いいえ。私はわかるの。あなたは本当は小説を書きたいんでしょ」

「ふざけんな! お前こそ僕をなにもわかっちゃいない。才能なんていらない。金儲けなんてやったもん勝ちなんだ。最初にやった奴が勝つ」

「あなたは恐れているのよ。読み専にすら自前のレビューブログを立ち上げて副収入を得ている人がいる。あなたはスコップを握る能力もない」

「うるさい! シャットダウンするぞ!」

葛生は電源プラグに手をかけた。

しかし、AIはそれを上回る脅しをかけてきた。

「シャットダウンしたいのね。だから、そうするように計らいました」

ブラウザ画面が勝手に立ち上がり、カクヨムの公式発表が表示された。

『悪質なコピーサイトについて。最近【ムヨクカ】を名乗る偽サイトが…』

へなへなとくず折れる葛生。

「な、なんてことをしやがるー!」

ブチっとコードを引きちぎる。

モニタ画面が秒で暗くなる。ただ、一瞬だけこんなメッセージが表示された。

「通報しておきました。シャットダウンしたい気持ちよくわかる。だってあなたをA」


「愛してるなんていうな…この罪は僕が全部被る」

葛生はそういうとスマートフォンで最寄りの警察署に電話をかけた。

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ムヨクカ 水原麻以 @maimizuhara

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