人間しか動物のいなくなった世界
ちびまるフォイ
お互いのぬけがけ
世界中に動物ウイルスが広がった。
地球史上はじめて人間以外のすべての動物が死に絶えた。
それからもう1年が過ぎようとしていた。
「……この食事にも飽きたな」
「……ドレッシングで味変えてるじゃない」
「毎日サラダだぞ。はぁ……昔に食べた焼鳥が恋しい」
「わがまま言わないでよ。どうしようもないじゃない。もう鳥なんてどこにもいないのよ」
「そうだよなぁ……」
動物ウイルス後の食事はありあまった野菜とサプリメント錠剤。
食事の楽しみはすっかり失われていた。
「……買い物行ってくるから」
「ああ」
「たまには美味しいものを食べましょう」
「待て。ほらこれ忘れてる」
「え?」
夫は妻に拳銃を渡した。
「……なにこれ?」
「用心のためだ」
「……?」
すべての動物が絶滅したあとでも人間は食への娯楽を捨てきれなかった。
動物がいないはずの世界なのに、なぜか店では肉料理が並べられている。
行き交う人達はお互いを品定めするようにじろじろ見ていた。
食料品の買い出しへと外に出た妻は道路でうずくまる男を見つけた。
冷たいことに、誰も見てみぬふりをして通り過ぎている。
見かねて妻は声をかけた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いんですか?」
「ええ……ちょっと……」
「救急車呼びましょうか?」
「そこまでじゃないです……ちょっと気分悪くなっただけですから」
「そんなふうには見えませんよ」
「家もすぐそこなんで……肩だけ貸してもらえますか……?」
「はい」
弱々しく立ち上がる男に肩をかして、近くのマンションまであがっていった。
「ここです。この部屋です」
マンションの部屋の前まで介助してドアをあけた。
ドアの向こうには何人もの男が待ち構えていた。
「えっ……」
状況が理解できない妻に説明することもなく、男は部屋の手下どもに命令した。
「エサを連れてきたぞ」
その号令に手下たちは一気に襲いかかった。
ドアの前に立っていた妻を部屋に引きずり込んで、頭にトンカチをぶち当てようとしてくる。
「きゃああ!! やめて!!」
妻は護身用に持たせられていた拳銃を抜いてめちゃくちゃに発砲した。
部屋には何人もの男の死体が転がる地獄絵図になった。
「ど……どうしよう……」
とっさのこととはいえ、頭が冷えてきてからことの重大さに気がついた。
電話越しに警察へ事情を話した。
「……ということなんです」
『わかりました、すぐに向かいます』
待っていると、部屋にやってきたのは警察ではなく肉屋だった。
「あの……私が呼んだのは警察なんですけど……?」
「知っていますよ。警察から正式に依頼があったんです。
それじゃこの死体を引き取らせてもらいますね」
「えっ? 私の罪は?」
「ははは。人間からしか動物の肉が得られないこの世界で、
殺人の罪を気にする人なんていませんよ」
肉屋は手際よく死体を台車に乗せていった。
まるで朝市のマグロでも運ぶかのような手際だった。
「このたびは食材の提供をありがとうございます。これは謝礼金です」
「人を殺したのにお金なんて受け取れません!」
「それは困りました。うちとしてもタダで食材を受け取ったとなっては会社で問題になりますし……」
困った肉屋は「少し待ってほしい」と行って一旦食材を運ぶと、
戻ってくるころには手に袋をかかえていた。
「お金じゃなくて食べ物ならいかがでしょうか」
「食べ物なんてっ……」
いらない、と続けようとした妻の口を美味しそうな肉まんの匂いが遮った。
まるまる1年以上サラダだけの生活を続けていた体に肉の匂いは覚醒剤そのものだった。
「あ……ああ……」
「受け取ってくださいますか。ああよかった。これで本社にどやされずに済む」
肉屋は袋を手渡してから食材の鮮度が落ちないようにと急いで本社に向かった。
残された妻は我慢の限界を迎えて肉まんにかぶりついた。
口に広がるジューシーな味わいは言葉にしがたい感動を与えてくれた。
「~~~~~~!!!」
涙を流しながら久しぶりのタンパク質を食べきった。
食べ終わってからは世界の見え方ががらりとかわった。
これまでは特に気にしなかった行き交う人の肉付きを観察してしまう。
またあの味で満たされたくてたまらない。
こうなっては以前のサラダ生活には戻れなくなっていた。
「ただいま」
「ずいぶん遅かったな」
「ええちょっと……」
妻は夫になにも話さなかった。
話すと情がうつってしまうとわかっていた。
拳銃に弾を込めて、安全バーが下がっているのを確認する。
「……ねえ、美味しいものを食べることって、悪いことじゃないよね?」
妻が引き金を引くほんの少し前に、夫は眉間を撃ち抜いた。
「ああ、もちろん。悪いことじゃないよ」
その日の夕食は豪勢なものになった。
人間しか動物のいなくなった世界 ちびまるフォイ @firestorage
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