第五話  決意と鮮血

それは、あまりにも強大で恐ろしく純度の高い殺意そのものという感じであった。明らかなのはそれが自分に向けられているものだということだけである。血だらけで足を引きずり、脱力状態の姿。それは相手にとっては勝利の確信に他ならない、この男を除いては。 静かに、俺だけを殺そうと歩んでくる。


「小僧、何ビビってんだァ?あの女みたいにさ、向かって来いよ。なァ?」


ボドラスは突如大声をあげる。

勝てない、というか生まれてから戦うのがこれが初めてなんですけど?無理だって。本来ならスライムとか、コウモリとかから始めるものでしょ。それがこんな、ラスボスの手下みたいなやつと....戦えるわけがない。

 食堂を飛び出した。その時、すさまじい轟音と砂埃を上げてそれは瓦礫の山となった。


「かかって来いって、言ってんだ!今俺は、最っ高に機嫌がわりぃんだよォ!」


瓦礫が飛んでくる。空中で分解し、顔を少し切った。だがそんな傷がどうでもよくなるほどに俺の頭の中にはとりあえず逃げなくてはという考えでいっぱいだった。だが同時にここは小さな村で逃げる場所なんてないとわかってもいた。たくさんの木箱、荷馬車のある所を通り、とにかく距離を取るか隠れられる場所まで逃げようとした。そして近くの妙に印象に残っている建物に逃げ込み、身を潜めた。大きな振動を伴う足音は大きくなり、止まり、小さくなる。足音が聞こえなくなった安堵が一時的なものであることに気づいた時、すでにもう遅かった。


 突如、肩に激痛が走った。骨が折れ、何かが靭帯に引っ掛かり、体ごと前に押し込まれる。それは今までの生活が塵とも思えるほどに長く、苦しいものだった。体を押し込む物体はそのまま建物の壁にぶつかり、激痛とともに突き破った。崩した体勢によって地面に転がったのは物静かな広場。小さな石造りの池が中心に置かれ、広場全体には無数の切痕があり赤黒い染みが所々にできていた。


「ああ゛当たったァ 当たったァ。コソコソと隠れやがってクソ、いたぶって、外して、壊して、苦痛で自分から死を懇願するまで!……殴る」


使い物にならない右腕を引きずり、這いずるように距離を取ろうとした。後ろからは殺意を込めて大声で叫ぶボドラスが近づく。徐々に大きくなる足音と恐怖と焦りで一心不乱に逃げた、みっともなく、そして情けなく。その時左手に何かが触れた。赤黒い血が乾燥したような染みであった。


(…嫌だ。助けてくれ、なんで俺が)

(…なんで、君が、君は…僕を愛してはくれてなかったのか)


触れた瞬間、自分のものではない声が、映像が頭の中に流れ込む。目の前には剣を持った何かが立っていた。立っているのはこの広場だ。だが何かが違う、切痕も無い。もしかして過去のものなのか?


「勇者様、なんでみんなは殺されたんだ!やめてくれ、俺たちは何もしていない。静かに暮らしていただけじゃないか!」


すると目の前の人物が口を開く。


「なんでって、君たちが未来で僕たちの平和を邪魔するかもしれないからに決まっているじゃないか」


剣を振るうと断末魔と共に視界が赤く染る。


「流石勇者様ですわ、未来をも見通すの力、素晴らしいですわ!」

「流石です。ご主人様、このリリア感服いたしました」


後ろには何人か女性が顔を赤らめながら目の前の男を褒めたたえた。腕に胸を押し当て、アピールする者もいた。その後ろにはすでに殺されたであろう死体が転がっていた。それには誰も目を向けず、その恍惚なる視線はすべて勇者のみに注がれていた。


(ああ....誰も、誰も....)


視界が暗転した。その直後無数の苦痛の声、落胆の声、悲しみの声が頭に流れ込んでくる。


(なんで、どうして、痛い、やめてくれ、死にたくない)


永久的に流れるかと思われたその声は、ぴたりとやみ無数の視線が俺に向いていた。正確に言うと見えはしないが、確かに視線を感じたのだった。俺よ、無残にも抵抗できずに死んでいった村人たち、彼らを切り捨てて生きていけるのか?答えはNOだ。

 俺は、流された血を背負い、勇者を止める。俺のせいで死んでいった人たち、勇者のせいで死んでいった人たち全員背負って、止めて見せる!


すると目の前が元に戻った。元の、物静かな広場。だがひとつだけ変わったことがあった。


「お、お前…なんだ。なんなんだその腕は」


赤黒い染みを触った手には赤い血のような液体が線状に集まってきていた。それは死んでいった人のもののようでその時の感情と一緒に入り込んできた後、自分の四肢と同じようになる感覚があった。ボドラスが焦ったような声を出し、近づいてくる。


「なんなんだ一体。いや、そんなものどうだっていい。俺の魔法は絶対的な防御力を持つからな。あの女にはしてやられたが次はない。殺す、俺のために死ねェ!」


鉄塊が放たれた。まっすぐに這ったままの俺に向かって放たれたそれは高速で回転し、周囲の空気を巻きこみ膨れ上がっていた。とっさに起き上がり全力で横に回避しようとするが足に当たり、脛を削られた。出血したが、さっきまでとは違いそこまで痛くない。むしろ何かの加護があるかのように暖かかった。血は流れたままだが、体勢を立て直して反撃を開始する。これだったら何とかなるかも。


「避けれてねえなあ!血ィ止まんねぇな!このまま出血多量で死ぬかぁ?」


狂気とも思える笑い声が響く。弱っている俺を見て蟻を砂場で閉じ込めた幼児が見せるような無邪気が故の奇妙な笑顔を浮かべた。だけど何故だろう。復讐という2文字が背中を支えてくれているような気がして笑みがこぼれた。


「なんだその顔は、お前もか、お前も!あの女と同じ忌々しい笑みを浮かべるのか!殺す、コロスゥ!!」


ボドラスの足元から赤い線が伸び、ボドラスの傷口と結合していく。あらゆる傷に結合していくそれはまるで鎖につながれた囚人のようでがっちりと固定され動きが鈍くなっていった。だが暴れ、鈍いながらも強引に向かってくる。


「グァァー!コロス、コロスゥ!!」


鈍いながらも抗うようにアカリの元へ近づくボドラス。

このままだと完全に封じ込めない、その時、頭に知っている声が響く。


(ありがとう…アカリ君、ていうかごめんね。まあ、あとは任せて!)


長く伸びる血液を通じ、冷たい魔力がボドラスに注がれる。放たれた拳は凍り、そこから腕、胴へと凍っていきボドラスは完全な氷塊と化した。声の正体は片岡さんであった。どこかで血を流している片岡さんと繋がり、血液を経由して片岡さんの魔法がボドラスを凍らせたのであった。


ボロボロな右腕を押さえて空を見上げた。ボロボロなのはほぼ体全てではあるがとにかく空はいつの間にか夕焼け時になっていた。この世界、異なる世界に来て初めての日の終わりはなんだかんだで素晴らしかったなと思えてくるほどのきれいな夕焼けであった。


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トラック運転手の異世界復讐劇【改定前】 ひらか @hiraka1987

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