第四話  堅氷と無壊

ボドラスが現れたとき佐原燈は動けずにいた。頭を吹き飛ばされ、動かない盗賊、圧倒的なまでの体格、筋力そして迫力。それらすべてが彼をこの食堂の窓にとどめる要因となった。片岡は笑いながらも眼前の敵への恐怖心がうっすらと顔の強張りなどに表れていた。


「強がる女も嫌いじゃないぜ。いままで抱いてくれと懇願したり泣いて命乞いしてきた女はたくさん見てきたが、敵意を向けてきた奴はそういるもんじゃない。このボドラスと生涯ともにする気はないか?」

「おあいにく様だけど遠慮しとくわ。私、細い子がタイプなの」


「ああ、ところで、勇者はいないのか?こんな辺境にあんた一人で何しに来たのかしら?」


ボドラスはポリポリと頭を掻きながら面倒くさそうに答えた。


「ファレルか?あいつが来るわけないだろ。今頃どっかで女でもたらしこんでんじゃねえのか?俺はあいつがこの村に残した恩恵、その産物を堪能しに来た」


「粛清と他人が死ぬ事への悲しみが無くなってこの村は今無防備な、何を盗んでも、誰を殺しても構わない最高の村へと変貌したんだよ」


ボドラスは高笑いをし、血走った目で天を見上げる。まるで神への感謝をするような、大いなる天啓を受けたような。だが突如頭を抱えうめき声をあげ背中を丸めて恨めしく言う。


「だけど…だけどよぉ!邪魔をされ、見られちまった。勇者パーティの一員として見られちゃいけねぇものをお前らは見ちまった!積み上げた信頼が、犯す口実が、全てパーになっちまう。それだけは嫌なんだ。だからよぉ、あんた、死んでくんな」


そう言うとボドラスは姿勢を低くして強く踏み込み、一直線に片岡まで飛んで行った。片岡は棍を胸の前で回し円形の氷を作り、その巨大な弾丸を受け止めようとしたがそれは2m以上彼女を押し上げた。体格の差は歴然でボドラスの太い幹のような腕だけで十分に数人を壊せる様な、そんな悍《おぞ》ましさがあった。


片岡は盾の底を蹴り上げて回転させ、棍の先に固定しボドラスに斬りかかった。電動カッターのような氷の刃はボドラスの肩に直撃し、削るような音を立てて回転した。だがそれは一滴の血を流さぬまま回転を止めたのだった。


「はっ!無壊とはよく言ったものね。傷一つつけられないじゃない」

「だが女、なかなかいい動きではないか。無論俺の魔法の敵ではないが」


そこからボドラスの反撃が始まった。盾を殴り壊し、棍をつかみ、片岡ごと投げた。そして仁王立ちのまま口を開いた。


「不変、不動、崩れぬは我が後方、崩すは我が前方に在り。逆徒殲滅、フォート コンクエスタ!」


詠唱とともに右手にガントレットのような灰色のものが現れていた。ほとんど上裸であるボドラスが身につけるには物凄く特異なものの様に見えた。ボドラスは狙いを定めてそのガントレットから金属片を発射した。腰に着けていた細い金属片はどんどん大きくなり、1mほどの杭となり片岡に迫っていく。投げ飛ばされ片岡は受け身を取り追撃の杭を叩き落とそうとした。だがその杭の軌道は一切ぶれず、本来ボドラスが予定していた軌道で飛び続け、後ろの民家に突き刺さった。


「かったい!これじゃあまるであんた自身を殴ってるみたいじゃない。防御に特化した魔法だと思ってたのにこんな器用なこともできるのね」

「ふっ、これが世界随一の盾役タンクの本領よお!!」


ボドラスは笑みを浮かべながらもう一発杭を片岡の腹部付近めがけて打ち込んだ。先ほどとは違い、ゆったりとした回転のかかった遅めの杭だった。


「はっ!あんたなめてんの?こんなもん簡単によ避けれ....え?」


その杭が片岡の左の脇腹を通ると片岡の挙げていた手はゆっくりと降り、片岡自身もゆっくりと左に傾いた。片岡が耐えようとすると腕と脇腹が抉られ大きな叫び声が上がる。杭はゆっくりと周囲のすべてのものを巻き込んで進んでいるのである。杭に連れ去られるように片岡は後ろに下がっていく。轍と血と叫び声が凄惨さをシンプルに表している。民家の壁に刺さり回転をやめた杭はなお片岡を捉えて離さなかった。


「はぁ...っつ!あんた、がはっ」

「身動きもとれないか、さぞ痛みで辛いだろう?最後くらい楽に殺してやるよ」


ボドラスは新たに装填した杭を心臓の位置に向ける。近づき、至近距離で確実に仕留めようとした。その時、彼の目には片岡が笑っているように見えた。


「女、何が可笑しい」


「あんたって同時に二つのことできないタイプでしょ?あとここ、どこだかわかる?山奥よ?霧の出やすい山奥の村なのよ」


「何が言いたい?死ぬ前の雑談なら付き合ってやってやるが」


片岡はうなだれながらも人差し指を上に向ける。ボドラスが上を向いたとき、無数の氷塊、氷柱が高速で落ちていた。とっさに防御のための魔法を展開した時――


「だから言ったのよ。やっぱできないじゃない」


その時ボドラスの足元から包囲するように氷が出現し、襲い掛かった。足、脇腹、胸などを刺し貫く。とどろくような叫び声をあげながらも上からの猛攻を防御し続ける。


「あんたのその無壊、身体の一部分しか守れないんでしょ?インファイトじゃなく遠距離からの攻撃してて変だと思ったのよ。まあこれで終わりね」


防御を凍らせ、全身に氷柱が刺さった。轟く様な断末魔は白い息を出しながら小さくなっていった。








片岡さんと勇者の仲間、無壊のボドラスが魔法を使い戦ったため、村中に霧と砂埃が発生し、何も見えなくなった。衝撃音と振動が幾度となく繰り返され、やがて叫び声が止まると、誰かが歩いてくる音がした。足をひきずり、ゆっくりと歩いてくる。やがて影が見え、そしてその勝者が現れた。


「よぉー小僧。次はあんたの番だ」



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