13章 別れることは決まっているのに

幸せがなくなるとき。


それは実に一瞬で、本人でさえ分からないことがある。


それまでは考えもしなかった出来事が突然目の前にある。


気がついた時には完全に手遅れである。










詩(うた)と一緒に暮らし始めて、まもなく1年という時期だった。


元々1年同棲したら結婚しようと約束をしていた。


そこで、結婚を考えたとき、興味本位で受けた検査がある。


精液検査。


詩は子供が欲しいというのは常々言っていた。


僕自身、子供はさほど好きではなかったが、詩の子供なら欲しいと思っていた。


しかし、子供を作るのにも計画が必要と思い立ち、詩には内緒で情報を集めていた。


その中の一環で精液検査を受けてみることにした。


結果は乏精子症。


造精機能障害の一種で、造られる精子の数が極端に少なく、自然な妊娠は難しいという診断だった。


目の前が真っ暗になった。


興味本位で行動するものではないと、戒めにならない無駄な反省をした。


そんなこと当然誰にも言えなかった。


詩にも。











その事が分かった夜、僕は呆然として家に帰った。


無駄に体が軽かった。


何と言えば良いのだろう。


今後どうしたら良いのだろう。


答えは1つしかなかった。











その夜、ぐっすりと眠っている詩の隣で横になった。


詩の寝顔を見ていると涙が溢れてきた。


それは別れの単純な涙ではなかった。


詩に苦労はかけられないという気持ち。


それでも離れたくないという気持ち。


詩のことを傷つけてしまうという気持ち。


自分の運命を恨む気持ち。


そんなことを考えると涙は加速していく。


寝ている詩を後ろからギュッと抱きしめた。


詩も半分だけ目覚めて、手を握り返した。


「おかえり。」


それだけ言うと、またすやすやと眠った。


そんな大好きな日常を噛み締めるように、詩に一層ギュッと力を入れる。


さすがに異変を感じたのか、詩の意識がこちらに向く。


「どうしたの?」


寝ぼけながら聞いてくれる。


「何でもないよ。」


僕は言葉にならない声で、応えた。


「え、ほんとどうしたの?」


詩の声がいつも通りになる。


「詩のことが好きだから、ギュってしたいだけだよ。」


僕は詩を安心させるように、頭を撫でた。


「嘘じゃん。。。」


「嘘じゃないよ。大好きだよ。詩。」


「うん。。。」


そうして、詩はまた眠りについた。


僕はそこから色々と考えた。


どうしたら詩を傷つけずに済むか。


何とかして一緒にいられる方法は無いか。


そんな、いわばどうしようも無いことに思いを巡らせた。


本当に色んな考えを巡らせて、何往復もして、何度もスタート位置に戻った。


何度考えても答えは同じ。


別れることは決まっているのに。

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恋は愛から濃い哀になる @shinonome862

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