ひとひら草子 ―― 愛の雫

ももいろ珊瑚

―― 愛の雫 ――

 慈しみの女神は答えた。


 『愛を与えるのです、そして――』



 〝ワハハハ……ワハハハ…… 〟


 女神が最後まで言い終わらぬうちに、それを聞いた神々が腹がよじれんばかりに笑いたてた。

 仕方無く、女神が口を閉ざしたので話は途中で途切れてしまった。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 何が起こったか?


 何故、神々が笑ったのか?と申せば……



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


  ――ここは久遠の昔


 様々な力を持つ者、神と呼ばれしもの達が集うところ


 今はどなたが、なにがしかをつくりうるか


 その力を披露ひろうしあっている最中さなか御座ございます――




「時こそすべてを生みださん、時の流れがすべてを創造し動かし、そのかいを得るなり」


 此方こちらで最古の神である、時の神が『うつわ』に向かい、その声を響かせた。

うつわ』とは、何も存在しない空間ひとつをとってう。


 瞬間に時の針が動き、無辺であろうながき時をきざみ始めた。

 すると風がたち、『うつわ』から鈍いうねりが聞こえ始めた。


永永ようようたる時が物質を創り、様様ようようの物と出会わせ肉付けをし、その形を保持させるのであり、さらに果てには、生命いのちをもかたどらせるのであろう」


 確かに悠久ゆうきゅうの時が、物体化を引き起こし、様々さまざまな元となるものを生み出した。 それらは引き合い、結び付き物質の形をあらわした。

 大小の物体は浮き散らばり、のちに『宇宙うちゅう』と名付けられた空間をつくった。


 時間は流れ続ける。 神達はことの成り行きを待った。

 しかし、生命いのちいくってもされないでいた。




「待つだけではどうしようもない、ここは一旦いったん、私がお引き受けいたそう、私こそが生命いのちみなもとと言うきであるから!」


宇宙うちゅうに光を放ち、やみつきり変化を持たさん!生命いのちよ、名乗りをげよ!」


 雄々おうおうしい声を放ったのは、光の神である。


 宇宙うちゅういたるところで、小さな閃光せんこうがチカチカと光り、かがやきながら走り始めた。

 それまで興味を示さず、遠巻きに眺めるだけでいた神々も、ショーでも始まったかとわんばかりに集まり、これを見物した。


 四方八方しほうはっぽうに走る光は、ぶつかり合うと光度を増し熱をあげ、グルグル回りながら丸い玉となる。 これは『ほし』と呼ばれるものだ。

 回転するうち冷えて、外見のかがやきを失うもの。 衝突しょうとつで、いきおい余りくだはじけるものもある。

 くだけた欠片かけらは速度をつけ、離れた位置のほしまで届く。

 遠方えんぽうから飛び込むそれが、数多く結び付き、巨大化するものもあり、カッカとえるように燃え立つ。 このように自らを熱でおおい、辺りに光熱を放射ほうしゃするものは『太陽たいよう』と呼ばれた。


 光の神が豪語ごうごしたように、宇宙うちゅうには各々おのおのに昼と夜が交互に訪れ、『日々ひび』と云う変化をもたらせた。

 日々ひびは、時のきざみに旋律せんりつを与え、よりあきらかなものへと変え、星々にあらわれては衰亡すいぼうするドラマをえんじさせることとなった。

 けれどまたもや主役となる筈の生命いのちは、はっしないのであった。





 まだ存在の若い水の神が、宇宙うちゅううつわのぞき込み、なげいた。


 「星達ほしたちはなんてみにくいの?みんなカラカラの土気色つちけいろ、それにゴツゴツした痘痕あばただらけか、目を焼き付かせんほどに真っ赤っか」


 そして振り返り、光の神の後方にしている、時の神に向かい進言しんげんした。


われら神がつくりし物にして、何とも不格好ぶかっこうではありませんか?こんな醜悪しゅうあくな物を生命いのちこのむはずが無いのでは?もっと美しくて見映みばえもする、生命いのちほこらしさをおぼえるものにしなくてはりませんよね?」


 水の神はうでをしなやかなに広げ、てのひら宇宙うちゅうの全体を軽くでた。


 手から散った水は個々に、満遍まんべんなくりそそぎ、すべてのほしがそれでたされた。

 しかし光の強さや弱さ、自身の熱で、それはかわき切ってしまう、又は油を注がれたかのようほのう逆立さかだてる、又はこおってしまうなどし、うるおいをたもてたのは、爪に乗る程度ていどの数であった。

 そのわずかなほしちた水は、凸凹でこぼこであった表面を包み、す光にかがやきと色彩しきさい具足ぐそくさせた。

 それらのほしは、大変に美しく成った。 一方でせんれた星々はねたむかのようにカッカと煮えたぎる、又は哀しみのからに閉じこもるかのごとく固く凍てつき、おおよそ生命いのちなど宿やどせない残念な物であった。

 そして美しくなり得たほしにさえ、肝心かんじん生命いのちいまだ現れる形跡けいせきがない。




 ……あらゆる条件は揃っている筈なのだ

 すべてにでは無いとしても、半分、いや一部でさえつくりだせていない

 何が足りないのであろう

 いったい何が……



 神々は考えた。

 考えるのだが、どの神にもその答えがわからないのである。



 これらの神達を、静かに見守っていた女神が居た。 いつくしみの女神である。


「私にも少し手伝わせていただけないでしょうか?」


 女神は静かに申し出た。


「貴女に出来るものならば、どうぞ好きになされば良いでは無いか」


 まだ存在の若い水の神は、刺々とげとげしい口調で了承りょうしょうする。


貴女あなたが何をほどこすおつもりかな?」


 いぶかたずねたのは光の神である。


 この時、女神が答えた。


「愛を与えるのです、そして――」


 そろい、神々が笑いたてたので、この時、女神の話が途切とぎれてしまった。



 と、そういうことある



「なんです!愛を与えるですと?」


 光の神は言葉ことばを続ける。


 「ただのうつわに?中身を持たない物に、愛が何の助けにるのです?失礼しつれいながら私は、いまだ愛だのと呼ぶ物の姿を、拝見はいけんした事はありません、が何やら感情が生み出す物であるとか?物体も無く物質でさえない、見ることもさわることも不可能、極きわまる代物しろもの、とそう聞きおよんでおりますれば、そんな至極しごく、不安定な物が果たして、うつわその他に変化をうながす、そうもうされるのか?私には皆無かいむだと思われますがね、まっお好きにされると良いでしょう、時間なら時の神が十分お持ちですから」


 長々ながながと、批判ひはんじみた講釈こうしゃくをたれた光の神は、時の神へと話をふった。


「おいおい、そうもぞんざいに時間をあつかうものではない、時間を一定にたもつことは決してた容易よういあらずなのだ」


 大いに憤慨ふんがい興奮こうふんする光の神をたしなめ、時の神がからこしをあげた。


早過はやすぎれば大切な部分を飛ばしてしまう、おそければおそいで進捗しんちょくままならなぬ、今こうしているうちにも、まりかけているほしいくつもるのだ」


 そうさとしながら、この場をおさめるさくる。


「女神にはほしひとつ分だけの時間をゆだねようではないか、なぁに一つきりならば貴女あなたにも容易たやすあつかえるであろう、気に入る物がればしめしなさい、ず一つ、さぁ」


 そううながすと時の神は、何とも言い幸福感こうふくかんをもたらす女神に、視線しせんをゆっくり移動いどうさせ、無言でじっとうかがった。

 そしてその深いよろこびをたたえるひとみが、まだおさない小さなほしをとらえうつらせたことを確認した。

 宇宙うちゅうはし近くにたたむ、オレンジ色をした太陽たいようの周りを巡っている、んだ色をしたほしである。



 他の神々の許しもて、いつくしみの女神に、そのほしゆだねられることとなった。


 女神はほしささやきかける。


いとおしきあおよ」


 あおと呼び掛けられ、そして口づけられたほしは『愛のしずく』をしるしづけられた。

 ほどなく大地、空、水、陽の光りは、それぞれ互いを愛し始める。 これらはゆっくりとした時の流れに抱かれながら、大きくうねり始めた。



 水は光にあたためられ、空へ立ちのぼり天をい、めぐる。

 風をともなわせ空は、自由に動く水を受けとどめ、宿やぢし集めて、また地上へと旅立たびだたせる。

 岩山をなぐさめ、うるおしながら、水は空と大地の掛橋かけはしになり続ける。

 大地はそのれいにと、水に芙蓉ふようを分け与え、加えて光からもらった熱を失わない強さをおぎなった。

 光は、水と大地に受け入れられ、力をたずさえるわざと変化するわざ修得しゅうとくした。

 様々さまざまな色を生み出し、自らをほのうかみなりに変えたりもした。


 事象じしょうのすべてが規律きりつを持ち、実直じっちょくり返される。 しかし、それぞれが表情を持ち、え間無く、それを変え、大いに楽しみ続けるようにである。



 こうして、受容じゅようりき、の四つが結び付いた時、ほしはその奥底奥底に愛をともし、やがては、ひとつ目の細胞さいぼうが。


 無数に生まれた細胞さいぼうは、かれあい結ばれ、自らを分け与えあい、受け入れつつ、ととのえる。

 これをり返すうちに、自らを生みやすわざることとなった。

 それらは各々おのおの、互いの境界きょうかいを取り去り、いつくしみ、充足じゅうそくしあったもののうちに――





    生命いのちまれたのである





 ――――――――― END

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