第6話 コデマリ組 ~ごきげんよう~

そして三人が教室の前に着いてから

3分ほどしてからだろうか、

階段から二人の女性が現れた。


うち、一人が彗也のところへ。

もう一人は望のところへと向かってきた。


『おはようございます。六葉 望くんですか?』


そう声をかけてきたのは

お淑やかで優しそうな女性だ。

おそらくコデマリ組の担任だろう。


『はい。そうです!』


望は緊張していながらも

最初が肝心だという母親の言葉を思い出し

キッチリと返事をした。


『よかった〜。私 よく人違いで声をかけてしまう

事があるからちょっと不安でね〜。

はじめまして。私 コデマリ組の担任、

西蓮寺さいれんじ 桜姫おうき

と言います。よろしくお願い致します。』


西蓮寺はゆっくりとした口調で

自己紹介をした。


『はじめまして。六葉 望です。

こちらこそよろしくお願い致します!』


致します。なんて初めて言ったかもしれない。

つい、釣られてしまった。


しかし、なんてお淑やかな人だ。

なんか 西蓮寺先生を見ているとポワポワ

してくる。

まつ毛長いなぁ。爪が綺麗。唇ぷるぷる。

長めの黒髪がツヤツヤだ。

常に優しい笑みを浮かべている。


望はこの会話中、心の中でそんなことを思っていた。


『はい。それではクラスの皆さんにも

自己紹介していただきたいので

教室の中へ行きましょうか。』


うぅ。いよいよだ。

共学ならまだしも、女子しかいない空間に

男一人、皆の前で自己紹介なんて

エゲツない緊張するー!


望は緊張で手が震えていた。


その様子に気づいた西蓮寺先生は

ドアを開けようとしていた右手を引っ込め

望の両手を自身の両手で優しく握った。


『緊張していますか?ふふっ。

大丈夫ですよ〜。この学園の子は皆

優しく、人のことを想える子ですから。

胸を張って行きましょう。』


そう優しく言葉をかけてくれた西蓮寺先生だったが、

それよりも望は、急に手を握られた事で

また別の類の緊張をしてしまっていた。


何を隠そう望は。いや、彗也も戀丸も

母親以外の女性と触れ合うことは

ほぼなかったからだ。

手を握られたのなんて小学生以来だろう。


『あら?さっきよりも手の震えが

大きくなって…

そんなに怖いのかな?それでは、

もっと安心できるように〜』


西蓮寺先生は握っていた手を優しく離すと

望の顔が胸にくるように抱きしめた。


(?!?!?!!??!??!?)


これまた急な出来事に今度は混乱した。

心拍数も上昇し、望は頭が回らなくなってきた。


しかし、数秒するとなぜか

緊張が和らいでいき、心も頭も落ち着いてきた。


(なんだこの、異様に落ち着く柔らかさと

温かさ、そして匂い。)


そこに卑しい気持ちなどはなく、

ただただ、心地の良くなる温度。

すーっと無駄な力が抜けていくような感覚。

不思議だった。


『どうですか?緊張とけましたか〜?

これ。生徒の子達から評判良いのですよ〜。

天国に来たみたい とか、お布団みたいって

よく言われるのですよ♫

落ち着くまで こうしててあげますから

ゆっくり楽にしてくださいね〜。』


西蓮寺先生はそう言うと

先程より少しばかり強く望を抱きしめた。


望の中の不安や緊張がさらになくなっていく。

ずっとこうしていたいと思った望だが

さすがに恥ずかしくなってきたため、

ゆっくり、静かに西蓮寺先生から離れた。


『もう大丈夫?』


西蓮寺先生は物足りなさそうな顔をしている。

ように見えた。


『はい。あ、ありがとうございました。

とても、楽になりました。』


望は頭がポワポワしていたが

その表情には緊張、不安がなくなっていた。


『良かったです〜。

また いつでも抱きしめてあげますから、

遠慮なく仰ってくださいね♫』


西蓮寺先生はそう言って優しく微笑んだ。

不思議な人だ。

見ているだけでも心があたたかくなってくる。


しかし、いつでもって。

誰かいるところで

抱きしめてください

なんて言ったら通報されそうだ。


『すいません。時間とらせてしまって。

中に入りましょう。』


望は西蓮寺先生を促した。


『あっと。そうでしたね。

皆 待っているでしょうから行きましょうか。』


そして西蓮寺先生は教室のドアを開けて、

中へと入っていく。

望もその後ろを少し間隔をあけて

着いていく。


望はいざ、中へ入ると緊張が少しぶり返して

顔と目線を床に向けながら歩いている。


『皆さん、ごきげんよう。』


西蓮寺先生が挨拶をした。

すると生徒全員が、


『西蓮寺先生、ごきげんよう。

本日もよろしくお願い致します。』


丁寧に挨拶を返した。

誰一人としてズレることなく

キッチリと一音一音が揃っていた。


『今日は新しく、この学園の生徒となった方を

紹介します。彩華学園、初めての男子生徒です。

それでは自己紹介をよろしくお願い致します♫』


………………


望は少しの沈黙の後、スッと顔を上げた。


『はじめまして!今日から彩華学園に

通うことになりました、六葉 望 と言います。

まだ、この学園の事をよく知らないので

皆さんにはご迷惑をおかけするかと

思いますが、どうぞよろしくお願い致します!』


望は自己紹介をして、それから お辞儀をした。


『はい。よろしくお願い致します♫』


西蓮寺先生がそう言い終えた時、

望にクラスの生徒達が拍手を贈った。


望は安堵した。


『それでは、六葉さん。

あちらの右から2列目、一番後ろの席が

六葉さんの席です。着席をお願い致します♫』


望は西蓮寺先生に言われた席へと向かう。

誰からも視線は感じない。

皆 西蓮寺先生を真っ直ぐに見ている。

すごい…


望は席についた。

後ろから見るとさらにすごい。

全員、背筋を伸ばして手を重ねて足の上に

置いている。

気品というのはこういった所作から

できていると、でてくるものなのだろう。


西蓮寺先生はクラスをゆっくりと見回した。


『はい。それでは学園からの連絡をお伝えします。』


なんだ今の。

生徒をチェックしてたのか?

座り方とか悪いと注意されるのかな?

望がそんな事を思っていると、

右斜め前の生徒がペンを落とした。


その瞬間、西蓮寺先生は

その生徒の方を見た。


『し、失礼いたしました。』


その生徒はそう言って即座にペンを拾う。

そこへ西蓮寺先生が歩み寄ってきた。


逢橋あいはしさん。

なぜ今、筆記用具が机の上にあるのですか?

朝は連絡事項を聞くのみで、

メモをつける事はしません。

以前、そう教えました。

今後気をつけるように。』


西蓮寺先生の目は、鋭く強くなっていた。


『申し訳ございません。』


生徒が謝罪すると、西蓮寺先生は

黒板の前へと戻り、学園からの連絡事項を

伝え始めた。


こっわー!!

西蓮寺先生 めっちゃ厳しいじゃん!

これはいつも以上にしっかりしないとまずいぞ…

望は背筋を正して先生の話を聞いた。



・・・



『はい。連絡は以上となります。

最後に、始業式の日に私が皆さんに伝えた事を

もう一度、伝えます。

六葉さん、とてもとても大事な事です。

よく覚えておいてください。

私の受け持つクラスでは

礼儀、作法、思いやり。

この3つを大事とします。

この3つのうち、1つでも軽んじるような事が

ありましたら、厳罰とさせていただきます。

ですので、この3つを特に意識して

日々の学園生活を送ってください。

皆さん。よろしいですか?』


『はい!』


クラスの生徒全員が返事をした。

望も西蓮寺先生の真剣な眼差しと語気から

自然と返事をしていた。


『良いお返事です。

それでは皆さん本日も1日

よろしくお願い致します。

朝礼は以上となります。』


西蓮寺先生が言い終わると

生徒全員、立ち上がった。

望も慌てて立ち上がる。


『ありがとうございました。』


全員がお礼をして、頭を下げた。

望も周りに合わせて同じ行動をとった。


そして、西蓮寺先生が教室のドアをあけ、

廊下へと出る。

それから、階段の降りる音が遠くに

聞こえてきたと同時に

生徒達は立ち上がり、望のところへと寄ってきた。


(うぉ!なんだなんだ!リンチか?!かつあげか?!)


『あのー、皆さん何でございましょうかぁ…?』


望は自分のところへと寄ってきた

30人弱の女子達を見ながら言った。


突然こんな人数の女子に囲まれたら

わけわからなくなってしまう!


すると、女子達は

一斉に望に話しかけ始めた。


が、一斉に話し始めるものだから、

聖徳太子でも何者でもない

ただ一般的な高校生である望は、

何一つとして聞き取れなかった。


『ちょ、ちょ待って!誰が何言ってるか

全くわからないのでお1人ずつお願いしますー!』


望は大きめの声で伝えた。


それを聞いて、1人の女生徒が

女子達を退け、望の正面へと立った。


その女生徒は

望が思っている、清楚なイメージとは違っていた。


髪はかなり脱色しているのか ほぼ白く、

眉は薄茶色のアイブロウ、口紅は原色の赤だった。


先程までは、綺麗にしていたであろう服装も

今はブレザーも、ワイシャツのボタンも

2、3個外してある。


え。この子ヤンキー?


『初めまして、ごきげんよう。

ようこそコデマリ組へ。』


その女性徒は望に軽く頭を下げながら

丁寧に、そう挨拶をした。


『は、初めまして。よろしくです。』


望は見た目とのギャップに少し

戸惑っていた。

でも、ヤンキーではないみたいだ。


『早速ですけれども、

いくつか質問をしますので、

お答えいただいてもよろしいでしょうか?』


そう言うとその女生徒は望の

右手へと回り、椅子を置いて隣に座った。


『あっ、失礼致しました。

私は 御科みしな莉愛りあと申します。』


御科は自己紹介をすると早速

質問を始めた。


『まずお伺いしたいのですが、

六葉さんの好みの女性はどのような方ですか?』


うぇ?まずそれ?

この学園に入学した経緯とか、

好きな食べ物とか、趣味とかから聞くんでないの?

初対面の異性に

一発目にぶっこむ質問じゃないんじゃないか?!


『いきなり言われても、、、

まぁ、強いて言うならショートカットの

ちょっとボーイッシュな感じの人が

好きですね。見た目だけで言うなら

そんな感じです。』


男友達ならまだしも

女子に自分の好きなタイプを言うのは

いささか恥ずかしい。


『んー。粗くてよくわかりませんね。

もう少し砕いて教えてください。』


えー。結構恥ずかしいんですが、、、

ちょっと話題を逸そう。


『あっ!そうだ!

その前に一つお願いなんですけど。

敬語やめよう!同い年だし、気を使うような

人間じゃないし、俺なんて。

これから話すみんなも!』


望は 御科をはじめ、集まってきた女生徒を見ながら

そう言った。


すると女生徒達は皆、驚きの表情をした。


あれ?俺 おかしな事言ったか?

まさか!この学園は生徒同士でも敬語で

話さないといけないのか?!


そう思っていると御科が興奮気味に


『そ、それは私達に いわゆるタメ口を

使って頂きたいと!!そういう事ですか?!』


何で興奮してるんだ。


『そういう事ですけど。』


望が返答すると

御科は椅子にもたれ、楽な姿勢になると、


『ヨッス!えぇっと……。ミー↑、さん!!』


顔を少し引き攣らせ、

なぜかカタコトな口調で

右手をあげながらそう言った。


そして続けてこう言った。


『イヤイヤイヤー、今日こんにち

マジ ダ↑ルイ。ですねー。あっ違う!

マジ ダ↑ルイワー

そういえば、ミー↑、さんは昨日さくじつ

宿題ヤッタカー? えーと、、、

少し難しかったケド、アンナ宿題ナンテ

私にかかればヨユーノヨッチャンイカ!

ダゼ↑!!』


………………………


『ど、どうでした?ちゃんとタメ口で

お友達らしくできてましたか?』


御科は不安げな瞳で望を見ながら言った。


あー、おそらく。

というか確実に

この子はタメ口が何かわかってないな。


こんにち、とか さくじつ は仕方ないのかな?


てか、ダルい のイントネーション間違える人

初めてだよ。何だよ マジ ダ↑ ルイ って。


まぁ、昨日の宿題はやってないに決まってるよね、

今日 転校してきたのだから。


ほんで、ミーさんて俺のこと?

ニックネームに さん つけると

某 黄色いクマさん みたいになっちゃうのよね!

俺、ハチミツあんまり好きじゃないのよね!


ヨユーのよっちゃんイカはスルーしよう。



『結論から言うね。0点です!』


望はキッパリと言った。


『ガーーーーーン!!』


御科はセルフでショック時のSEを言いながら

望の肩へと両手を乗せ落胆した。


『うぉ!』


望はいきなり同い年の女子に触れられ

驚いた。


『どこが!どこがダメでした?!』


御科は目を潤ませていた。


『………全部。』


また、ショックを受けてしまいそうなので

言いたくなかったが、真実を伝えないと

余計に可哀想に思えてきた望は

ストレートに言葉を御科に投げた。


『うぅ…。そんな。先週は皆さんに

褒めていただけたのに……。』


先週もさっきのやったの?!

誰1人ツッコまないなんて、、、

このクラスには正解を知る子がいなかったのか。

これは指導しないといけないな。


『よし!じゃあ俺がタメ口を教えてあげるよ!』


望は全員に向けてそう言った。


『本当ですか!?是非!お願い致します!』


御科は期待に満ちた目で望を見つめた。

他の女生徒も目を輝かせている。


でも、なんでこの子達

タメ口を知らないんだ?

敬語を強制させられてるだけなら自然とタメ口も

わかるよな?なぜだ?


『てか何で皆んなタメ口わからないの?

親がタメ口NGとか?

それともこのクラスのルール?』


学園長はタメ口だったし、このクラス独自の

ルールかもしれない。


『んー。何と言いましょうか、

私達全員、普通の家庭ではなくて。』


御科はそう言ったが、望には

普通の家庭ではない 家庭がどんなものか

想像できなかった。


『普通の家庭じゃない?どういうこと?』


望が素直にそう聞くと御科は答えた。


『実は私達全員、親が何かしらの会社の社長。

オーナーなのです。

わかりやすく言うと ご令嬢

といったところでしょうか。』


は?!!

いや!エグいだろ!!

何?!全員お嬢様って事?!


『ちなみに私の父上は御科建設のオーナーです。』


御科は笑顔でそう言った。


マジかよ…

御科建設といえば、各種ビルはもちろんのこと、

テーマパークや交通機関の建設までも手掛けている

今、1番儲かっていると噂の大企業だ。

建物とかに興味のない人間も

名前くらいはわかるだろう。


望は ちなみに と言った具合で

適当な3人に両親が何の社長なのかを聞いた。


『私の父上はアルファグループの社長です。』


『私は母上がシャインゴッデスのオーナーですわ!』


『わ、私はお父様が鳳凰電機の社長、です。』


マジだ、マジだよこのクラス、、、


アルファグループは全国展開してる、

老若男女問わず

大人気のファミレスチェーンの親会社だ。

最近、わざわざ海外から食べに来る人も

多くなっているみたいだ。


そして、

数多のアイドル、俳優を輩出している

レベルも倍率も最高レベルに高い

芸能事務所、シャインゴッデス。


そしてそして、

日本の家庭家電シェア率No1かつ、

1日5時間使用しても3年間もつという、

ぶっちゃけ 単価をかなり高くしないと

利益が出ないであろう電池の開発で

各種 賞も獲っている。

信頼実績 確かな技術を

全国に知れ渡らせた鳳凰電機。


すげぇよ、このクラス。

マジでお嬢様しかいないぞ!


『皆、素晴らしい会社 の娘です。

言葉遣いは幼き頃から

特に厳しく指導されました。』


そう言う御科さんの両親は 服装に

ついては厳しくなかったのかな?

そんな疑問を望は胸にしまった。


『まぁ、それだけ大きな企業や会社の

娘さんならタメ口が分からないのも

何となく納得できる気がする…』


というか待て。

タメ口ってどうやって教えればいいんだ?

自然とできる事だし、理屈なんて

どう説明すれば、、、


『では、これからタメ口のご指導よろしく

お願い致します!六葉さん!』


御科がそう言うと女生徒達も続いて

よろしくお願い致します と言った。


『あ、あぁ!お任せあれ!』


自分で言った手前もあるが

ここまで頼まれたら とことんやるしかない!

俺が必ずこの子達をタメ口マスターにしてやるぞ!



いやいや、

学園生活の最初の目標がクラスメイトを

タメ口マスターにする事って何だよ。

そんな 自分へのツッコミを 望は

グッと飲み込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢とギャルとヤンキーと あんぶろうず @NoNo_NoN_No

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ