エピローグ-2《16》

 いつも通りに上る太陽が眩しかった。


 体も治り俺は外を歩いている。片手に持った鞄が少し重たい気がするのは、換金したお金の分だろう。


「いい具合だな」


 魔物二体と魔蝕一体の討伐。結局換金したのは魔物二体分だ。魔蝕の分は装備に回す事にした。鍛冶屋の知り合いもできた事だし、強い装備は欲しい。それにこれは思い入れのある戦果だ。売ってしまうのも勿体ない様な気がして自分の装備にしてもらう事にした。自分にとって気分がいい方を選択する。我ながらいい基準だと思いながら鍛冶屋を目指す。     

   

 しばらく歩いてあの看板が見えた。今日はどうやら店はやっている様だ。扉を開き中に入ると、またあの鉄の心地よい匂いに出迎えられる。ここに来ると自然と頬が緩むのは、俺がここを気に入ってしまっているからだろうか。


「いらっしゃい! あ、ハイドさんっ!」


 また前の時の様に出迎えてくれるマリさんは、今日は髪をおさげにしていた。相変わらずの雪の様に白い髪は柔らかく彼女の背に流れている。


 店の方が忙しいのか、頬に汗が滲んでいるのが見えた。店内は冷房が効いていて涼しい。きっとよく働いているのだろう。この人は楽しそうに仕事をしそうだから。


「すみません。つい最近来たばかりだと言うのに」


「いえ! いつでも来てくださって構いませんよ。私としてはお話相手さんができる程嬉しい事はありませんから」


「そう言っていただけるなら、何回でも来ちゃいそうですね」


「何回でも来てください。私いつもここに居ますし。ところで今日はどうされました? もしかして私に会いに態々来てくれたとか?」


 口元に手を当ててくすりと笑う。冗談が好きな彼女に冗談でそうですと返す事ができるならよかったが、残念ながら俺はそこまで女性慣れしていない。口から出たのは真面目でつまらない言葉だった。


「いえ、実は今日はあの約束を果たしに来ました」


「え?」


 驚く彼女に鞄の中身を見せる。それはこの店で購入した装備の欠片達だった。


「これは……」


「本当にすみません。大切に使ってあげられなくて。ただ、おかげで命を拾いました。ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。この店でこれを買ってから大して時間は経っていない。だというのにこのありさまだ。もしかしたら気分を悪くしてしまうかもしれない。そう考えたがそれでも俺が正気に今言うべきだと思った。それが冒険者として、この装備を使った人間としての誠意というやつだと思ったからだ。


 マリさんはしばらく無言だったが、一つ息を吐く音が聞こえる。


「顔を上げてくださいハイドさん」


 俺は顔を上げた。そこにいたのは壊れた装備を嬉しそうに見つめる彼女の姿だった。


「そうですか。この子達は貴方を護る事ができたんですね。それなら私も嬉しいです。こうしてハイドさんがまたこの店に来てくれて、そしてその時の話を聞ける。まさかこんなに早く実現するとは思っていませんでしたが、それでも私の中にあるのは嬉しさで、決して怒りではないんですよ」


「……」


「こんな壊れっぷり本当に久しぶり。一体どんな冒険をしたんですか? 今日はそれを話に来て下さったんですよね。私との約束を守るために」


「……はい。そうです」


「誠実な貴方に私から言える事は、ただありがとうという感謝の言葉です。よく無事に帰ってきてくださいました。お帰りなさい。……お茶を入れますね。少しお待ちいただけますか」


 本当に穏やかに笑うこの人を見て、こんな人がこの世の中にはいるのかと、言葉にできない感情が胸の中で何かを訴えている。


 この世界には、沢山の人がいる。俺の知らない世界を知っていて、俺の知らない価値観を築いている。そんな人が溢れている中で、俺は自分の事ばかりを見ていた。


 店の奥に消えていく彼女を見て思う事がある。人を想える人というのは、素敵だと。こんなにボロボロになった装備を見て、その背景を考えて、あんな優しい笑みを浮かべる事ができる人がいるのか。金色に輝くあの瞳が、何故だか強く焼き付いていた。


「俺はまだ、知らない事が多すぎるな」


 知らない事を知る事は好きだ。だから俺は本を読む。だが本は、あんな人がいるという事を教えてはくれなかった。きっと自分でしか体験することができないのだろう。本では知ることができないのが、人というものなのかもしれない。きっとあの人はそれをよく知っているから、誰かの話にあそこまで興味深げに耳を傾ける事ができるのかもしれない。 


 俺は今まで強い人に憧れていたが、彼女の様な人にもその感情に似た想いを抱き始めている気がした。


「お待たせしました! では、今日はどんな話を?」


「……そうですね。今日のは少し、残酷な話になるかもです」


「え⁉ そうなんですか⁉ 一体何が……」


 彼女の反応を楽しみながら、冒険譚を語る事に少しだけ慣れた自分の口に笑みを乗せる。頭の中であの時の光景を思い出しながら、俺は、俺だけの冒険譚を語り始めた。






─────────────────────





最後までお読み頂きありがとうございました。

この物語はここまでで完結させて頂こうと思います。コメントなどいただけると励みになりますのでどうぞよろしくお願いします。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盾を持ち死にゆく者 焚帰び @touka0108

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ