エピローグ-1《15》

 時間が経つ。呼吸も程よく収まってきた頃になって、俺はよくやく動き始めた。

 まだゲートは開いていない。といっても、もうじき開く筈だ。その前にしておかなければならない。


「解体するか」


 胴体が真っ二つに割れた死体。魔蝕の体からは青い血が流れ核の破片が散らばっている。これを売ればかなりの額になるだろうが、俺は迷っていた。


「装備にするか、売るか。どっちがいいかな」 


 強い魔物の死体は加工すれば協力な装備になる。特に魔蝕と呼ばれる一つランクが上の魔物だ。こんないい素材を手にする機会も早々にない。だがそれだけ価値も高いのだ。これを売って装備を作る金に回すというのも間違いではない。


「……取り合えず、後で考えるか」


 何はともあれ俺は勝ったのだ。これをどうするかはじっくり後で決めたらいい。地面に散らばる自分の装備の欠片を一つ拾う。


「約束したしな」


 防具も、そして武器も、何もかもが壊れている。また新しい物に買い直さなければならないだろう。購入したのも今日の話だというのに、それを壊してしまうなんて、という申し訳なさの様な感情が沸き起こる。今日の冒険譚を話してはたして彼女は満足するのだろうか。満足してくれればいいのだがという期待を込めながら、俺は壊れた装備と、倒れる魔物から素材を剥ぎ取った。


 鞄の中はこれ以上入らないと言いたげな様子だ。素材でいっぱいに膨らんだそれは、重い。連戦で疲れ果てている俺には、この大荷物はかなりの重量だった。それでも、それを背負ったとき、自分の成果がのしかかって、これだけのことを俺は成したのだと胸の奥にある自信が膨らんだ。


「帰るか」 


 荷物を全て背負った時、丁度ゲートが現れる。教会の奥、祭壇の場所に開かれたそれに、俺は迷いなく踏み入れた。


 景色が変わる。毎回、あの黒い世界からこっちに戻って来ると視界がぐらつく。


 気が付けば俺は保管庫の中にいた。辺りは黒ではあるが、向こうよりも少しばかり明るい。

 運がいい事に、周りには冒険者はいなかった。重たい体を引きずりながら俺はギルドを目指す。


「取り合えず、ギルド……」


 限界は近い。眠気が襲ってきている。今寝るのは不味いと分かっているから、気合と根性で耐えるのだが、それでも無理な物は無理なのだ。街中を歩いていると視線を感じた。そりゃそうだ。俺はボロボロの体で歩いている。こんななりで街をうろつく奴もそういないだろう。


 静寂は好きだが、人がいるという事にも安心感を覚える。緊迫感から解き放たれたのだと体と心が糸を緩ませる。その度にふらつく体を何とか踏ん張らせながら、俺はギルドに辿り着いた。


 意志と気力を振り絞ってやってきたギルド。扉を開けて中に入った瞬間、冒険者達の姿が映る。


(俺も、この中に入れる様になってきたのか

……)


 冒険者は今日もダンジョンに向かう。自分のパーティと共に。彼等は仲間を引き連れているが、俺は未だに仲間がいない。だけれど一人でもやれるという自信だけは付いてきている。このまま一人で冒険者を続けるのもありなのか。


 彼等は仲間と共に勝利を分かち合う。得てきた経験はお互いの力を合わせて取れた栄光だ。そう思うと、俺は虚しい人間なのか。誰かと分かち合いたいと思っている自分がいる事に気づき、胸を押さえた。


「それでも、今は、これで」


 ぼそりと呟いた言葉は喧騒に消える。弱者は誰にも見られずに死んでいくこの都市で、俺は何かを残したい。その強い想いを自覚しながら、俺の意識は暗闇に落ちた。




「お前は本当にどうしようもない馬鹿だな」


「……ありがとうございます」


「どうやら神経も図太くなったみたいで何よりだ。その逞しさがあったらどこででもやっっていけると私が太鼓判を押してやろう」


 相変わらずのいつもの病室。ここ最近この場所に世話になる事が増えた。それだけ俺が変わってるという証拠だ。物事は前向きに捉えようと思う。


 ベッドの横に置かれた椅子に座るイルマさんの瞳は相変わらず死んでいる。普段よりも三割増しで死んでいるのは気のせいだろうか。気のせいだと信じたいが、残念ながら気のせいではないだろう。近くにいるだけでお腹が痛くなる程のオーラを漂わせている。一体この人を怒らせたのは誰だ。いや、俺か。


「……けど、俺頑張りましたよ。偉業です。偉業。ボッチの冒険者に希望を与えた存在ですよ」


「阿保か。馬鹿を増やしただけだろうが。お前が上手く行ったからって他が同じことをできると思うなよ。というかお前もだ。こんなやり方が上手く続くと思うな」


「結果出してるじゃないですか」


「……そこが、本当に、意味がわからん。何でお前生きてんだ?」


「それとんでもない罵倒ですよ」


「罵倒してんだよこの愚か者」


「今の俺には褒め言葉です」


 全治二週間。随分と体はボロボロになっていたみたいだ。特に左手のダメージが酷い。だが、ギルド在住の名医にかかればこれを強化値に変える事ができるらしい。つまり前よりも頑丈になるという事だ。強くなりたかったら死地を乗り越え痛みを経験に変えていくしかないのかもしれない。安全圏で戦っている人間には辿り着けない領域だ。俺はそこに辿り着いているのだから、今ならばパーティ面接にも合格するのではないだろうか。


「今の俺だとパーティ受かりませんかね?」


「……冒険者、やっぱ続けるんだな」


「そりゃそうでしょ。辞めると思ってたんですか」


「まったくもって思ってない。あのなよなよしてたお前にここまでの化け物メンタルが備わっていた事に私は驚いた口が塞がらないよ。そこそこ人を見る目には自信があったんだが、これは私も鍛え直しだな」


「自分でもこうなるとは思ってなかったですよ。今までの自分からは考えられない事ばかりです。どこで頭の螺子外したんでしょうか」


「私が知る訳ねーだろ。今のお前なら、受からん事もないかもしれんが……取り合えず体治すことに専念しておけ。お前の今後については、私ももう一度考え直す」


 イルマさんの口から出た、考え直すという言葉。以前であればなかったその言葉が、彼女の口から聞ける。認められている、と思っていいのだろうか。


 イルマさんは溜息を吐き立ち上がった。俺は彼女の背中を見る。


「悪かったな。お前の中の可能性を否定した。お前は強くなると思うよ。じゃあな、ハイド」


 彼女はそう言って病室を出ていく。


 認められているかどうかは分からない。だけど俺は、認められたのだと思う事にした。本当はどう思われていても、それを解釈するのは自分自身なのだから。自分が気が楽な方に捉える。どうせ表に出さなければバレないのだ。


「イルマさんも、本当に良い人だな」


 俺が変わるきっかけになった所にあの人もいる。俺は感謝を伝えたい。今はまだ言えなかったが、きっと、近いうちに。


 一人なった病室で、考える。


 前は理解されないと思っていたが、今はその時とはまた違う感覚だった。


 応援されているのだろうか。きっとそうだろう。だから俺は諦めなくていい。肯定されたのであれば、前よりも自信をもってこの道を歩いていける。 


 冒険者になる。簡単なようで難しい。口に出すだけれあればそう苦労はしないのに、実行するとなると才能や、努力、工夫がいる。自分でも気が付かない自分の強みや弱み、それは人と関わる事や、自身との対話で気が付く。


 俺はようやくそれを知る事ができるようになった。一八歳。冒険者として三年。


「頑張った、よな」


 これからがまだあるが、取り合えずこれまでの自分を認める事にした。イルマさんが認めてくれた様に、俺ももう一度俺を認めよう。


 ベッドの上に寝そべりながら、俺は都市を見下ろした。

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