エピローグ こずえと梢

 「あの事故を再現するって言っても、あの時着てた特攻服とっこうふくはボロボロやし、オートバイ──バイク──はぶっ壊れたし、どうする?」


 「・・・・・・どうしよ?」


 こずえは、そんなこと、すっかり忘れていた。


 「まぁ再現するにも、そもそも同じ日付ひづけじゃないし、何時何分かは分かっても何秒かまではわからんし。だから、元のやつにこだわらんでも、予備の特攻服と借りたオートバイで大丈夫ちゃう?」と、こずえは言った。


 「うん。この小説にも細かいところは描かれてないし、微妙びみょうに違ってても仕方がないよな。」


 「そうやな。うだうだ言うとっても仕方がないから、それでいこか[それでいこうか]。」


 その日の夕方、梢の姿をしたこずえは、急いで、レディースチーム『大阪 龍斬院りゅうざんいん』のメンバーのスズにオートバイを借りた。そして、予備の特攻服を着て現場に向かった。


 空がすっかり暗くなり、再現まであともう少し、という時間になった。


 「梢は怖くない?」


 こずえは、ビビっているのは自分だけなのではないかと不安になった。


 「まぁ、ちょっとだけ。」


 「強いんやな。・・・・・・私なんか、さっきまでメチャクチャやる気やってんけど[やる気があったのに]、いざとなったら怖くて足まで振るえてきたわ。」


 「大丈夫や! こずえはなんも考えんと、ウチをけばいい。それだけや。」


 梢は、はげますつもりで言った。


 「そんな軽い気持ちになられへん! だって、私が・・・・・・梢を殺してしまうかもしれへんねんで!! そんなん嫌や!」


 辺りを行き交う人など気にしていない様子で、こずえは、涙ながらにうったえた。


 梢のはがねのようなハートでは、自分の気持ちなど理解してくれないと思った。


 しかし、梢はそんなバカな少女ではなかった。


 「大丈夫や! 絶対に、絶っっ対に死なん! 神さえもウチを殺せん。だって、ウチは、レディースやで、『大阪 龍斬院』の梢やで、事故で死んだら、仲間に顔向けできんわ。だから安心しい。」


 こずえの肩をしっかりつかみ、涙に濡れた目を見つめながら励ました。


 こずえの気持ちは痛いほどわかった。もし自分が、こずえの立場なら、絶対に同じ気持ちになっていた。だからこそ、今のこずえを励ませるのは、同じ境遇きょうぐうである、自分しか居ないと考えた。


 「・・・・・・ホンマに死なん? 信じるで。」


 「ウチら友達やろ? 嘘なんかつかん[嘘なんかつかない]! 信じ!」


 「・・・・・・それにしても、なんか、自分に言われてるようで、変な気分やわ。」


 「ウチも。自分が泣いてるわけちゃうのに、みんなに見られてる感じがして、恥ずかしいわ。」


 こずえと梢は、最後になるかもしれない、このような、入れ替わった二人にしかできないやりとりをした。


 そして、とうとう、事故の再現をする時間がやってきた。


 二人には、辺りの人の声や足音、車の音などの雑音は一切聞こえなかった。


 聞こえたのは、自分の心臓が痛いぐらい激しく波打つ音だけだった。


 二人は大きく深呼吸をした。


 梢の姿をしたこずえは、オートバイにエンジンを掛けてぶっ飛ばした。


 こずえの姿をした梢は、そのオートバイの軌道きどうに飛び込んだ。


─────******─────


 目を覚ました二人は、真っ暗闇の中にいた。


 二人は、一瞬、あの世にきてしまったと思ったが、すぐに違うとわかった。


 体の下がフワフワしている。


 二人は、傷だらけの痛む体を力いっぱい起こして、名前を呼んだ。


 「梢!」


 「こずえ!」


 その友達の元気な声は、隣から聞こえてきた。


 ベッドの横の、間仕切りカーテンを乱暴に開けた。


 そこには、確かに、友達の姿があった。


 「な! 死なんかったやろ!」


 「うん。梢はタフな女やな。」


 「そんなことより、ウチら・・・・・・。」


 「・・・・・・うん。気付いた。」


 体も、声も、感情も、何から何まで。


 「「戻ってる!!」」


 二人は体の痛さも忘れて、抱き合って、喜びを分かちあった。


 まじわっていた二人の道は、また、それぞれの道を開いた。


─────*****─────


エピローグ



 「こずえ、今日の放課後、どっかになんか食べにいかへん?」


 「ごめん! 今日は用事があんねん。」


 こずえは、クラスメイトのユミに謝った。


 「あ! 彼氏でもできたな!?」


 「そんなんちゃうよ。じゃあまた明日。」と、言って、教室を後にした。





 「ごめん! ウチ今日は、早よ上がるわ。」


 梢は、『大阪 龍斬院』の仲間に謝った。


 「なんやねん! 今日は、喧嘩しに行こうと思ってたのに。恋人優先は良くないぞ!」


 「ちゃうちゃう。それに、ウチがおらんでも勝てるって!」


 梢は、新しく買ったオートバイにまたがり、その場を後にした。




 「ごめん、待った?」


 「いや、ウチも今来た所や。」


 それを聞いて、こずえは安心した。


 「ほら! 乗り!」


 梢は、自慢の真っ赤なヘルメットを渡した。


 こずえはそれを被って、梢のオートバイの後ろに跨った。


 「飛ばすで!!」


 「オッケー!!」


 二人の乗ったオートバイは、街灯がいとうに照らされながら、夜の街を優雅ゆうがに駆けて行った。


 二人の少女は、今、それぞれの道を歩んでいる。だが、その道は以前のようなすたれた一本道ではなく、広くて、華やかにいろどられた道になっていた。






 


 


 

 


 

 

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こずえと梢 気奇一星 @14e1218

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