所在/5
昼。
二人は昨日と同じく捜査資料と見つめ合い、四苦八苦していた。
高橋はグロテスクなものに慣れていない禊が目の前でえづくのを聞いている。
内緒だが、いざ口から物が溢れるとなるなら横に用意してあるゴミ箱をすかさず滑り込ませようと高橋は計画している。
またえづく声が漏れる。
「高橋…」
顔がどことなく暗い。
高橋は、ギブアップだろうか、頑張った方だなと感じつつ気遣ってみた。
「どうした…やめとくか、社長には俺が言ってやるぞ。こんなの一般人には負担が大き過ぎるもんな」
うんうんと頭を上下に動かし同意してみるも、禊が言いたいことは違っていたようだ。
「一度引き受けたんだ、やらせていただきますよ…ウェ…これ、確認してみてくれないか」
「頑張るなぁ〜。どれどれ…四件目のリビング写真か。一脚だけ血が付いていなかったっけ」
「ああ。当初一家心中だとされており、子供を殺害した後、夫妻が亡くなっている。なら、椅子に残る血痕は一脚ではなく二脚になるんじゃないか」
高橋は四件目のファイルを手に、自らがまとめたノートと照らし合わせる。
「捜査は五件目の周辺調査にかかりっきりだからな…見解としてその点は指摘されているが重要ではないとして探られてない…なんだか気味が悪いよな…禊はどう考えてるんだ?」
「子供二人は背後から心臓を一突きだ、衣服に飛び散った血痕は無い。子供二人が椅子に座っていた可能性が消える。…近くに血溜まりがあるが、こちらは夫妻のものと分析結果が出ている。首を切られると血が吹き出すかは知らないが…椅子に残った血痕も夫妻のものだと出ている。夫妻のものだとすると、どちらかが椅子に座っていた可能性が消える。これで、四名全員が、犯行時椅子に座っていた可能性が消えた。子供といっても十代後半だ、抵抗される可能性は十分にあるだろう?夫妻は四十代だ。体力があり、知恵が回る。この四名を一気に殺害するとなると、薬で眠らせるか余程の手練れじゃないと反撃で傷を負う…人が一人、座っていれば、椅子に血は付着しない。物を置いておく方法もある。そんな手の込んだことをわざわざする意味はない。夫妻が血を流す際に椅子に誰かが座っていると考えるのが妥当だ。だが、椅子に座っていれば殺害を実行するのは不可能。このことから…犯人は組織的な犯行なんじゃないか?捜査は連続殺人事件で、単独犯を謳っている。俺は、この見解は間違っていると思う」
高橋は真面目に論ずる禊に感心した。
今聞いたことは捜査資料上に上がっていない。
捜査員も気付いていくか、すでに気付いている事柄であるかもしれない視点であっても、冷静に分析し、間違いを指摘できるのは貴重な手腕だ。
「血痕に着目したか…なるほど…。いや、待て、怖くないか?座って眺めてたってのか?」
「現時点では俺はそう思う。それから提案がある。…、資料上だけでは情報が圧倒的に足りない。現地調査…捜査は足で稼ぐと聞く。ここから出たい。仕事鞄とスマホ返して欲しい。お気に入りのソシャゲのガチャを回してない…」
項垂れる禊が哀れで、申し訳ないような謝りたいような気持ちになった高橋だったが、自らもこの状況には耐え難い。
それに、捜査は足で稼ぐというのは間違っていない。
「俺もだ。そこでやっとこの時代遅れの固定電話の出番だな!秘書さんに繋ぎます。待ってろ〜禊!俺の交渉術を見せてやる!」
意気揚々と、高橋は受話器を上げ、誰かと話しはじめたのだった。
老陽 @vazakn
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