所在/4
◇◇◇◇
今宵も雨が降る。
汚いものが汚い言葉を吐き、命乞いをしている。
次に何を言うかをわかるようになってきた。何も得るものはないと思っていたが、粗末な収穫があろうとは。
どこにでも発見は転がっているものなのだろうか。
もうじき解体されるビルのオフィス内。
窓も閉まり、建物の外側ぐるりと足場も組まれ、外から様子を把握することは困難だ。
ビルがひしめき合う繁華街の中、夜でも
数メートル先の出来事も明らかだ。
点々と床のマットが染みを描き出していく。
鋭い刃物が肉を切り裂く音がする。
はじめは
今では壊れた機械のように激しく開閉を繰り返していた。
他にも
「はぁ、はぁっ…ッ、…お願いだ!赦してくれ!知らなかったんだ!あの時は成り行きで…!すまないと思っている!家族がいるんだ!見逃してくれ!」
次に、こう。
「なんでもするから!」
次は、こう。
「あ、ありがとう!もうしないから!…じゃ、あ、これで失礼するよ!届けもしない!」
刃物が赤く染まるのが止まった。
距離があく。
傷付いた恰幅の良い男は笑顔でその場から去ろうとする。
実にいい笑顔だ。
が、お互いの殺気は変わっていない。
油断をするな。
次は…
「……だと言うとでも思ったか、死ねぇ!」
こう。
まるで陳腐な劇でも観覧しているかのようだ。言うことがない。
次は、
手の中に隠し持っていたのはカッターナイフ。
反逆の道具としてはいい方だ。だが…ナイフには及ばない。
特に訓練された者の手によって操られる刃物には荷が勝つ。
今宵も狩られてしまうだろう。
「……………」
いつも通り物言わぬ死体が仕上がった。
「はぁ。……はやく来てくれないかなぁ…」
今宵も。想い人は現れない。
◆◆◆
生活拠点が強制的に移動した。
早朝も喧嘩、朝も喧嘩。
昼から倫理的に問題があると知りつつ取り組む罪悪感。
心体どちらの体力も使い果たしてしまったのか、とてもよく眠れた。
肩と腰は痛むが、遅刻しようもない利がある。
仕事場はここだ。
禊はいいのか悪いのか、考えるのはやめた。
移動させられたのはまだいい。
自宅の様子が気になる。
動物も飼育しておらず、仕事場と自宅の往復で単なる寝る場所となっているが多少なりとも思い入れがある。趣味の釣り雑誌も読めていない。生活する上で衣食住は優先させなければならないとしても心の栄養は必要不可欠、身体のエネルギー源が必要なら精神の潤いを保ってくれる何か、も必要だ。
「ラーメン食べて、家にも帰ってみよう」
自宅より遥かに広く、高級ブランドで揃えられた家具に囲まれると落ち着かない。
前にも住民がいたのか、床に小さな傷が付いている。
高橋が昨日、三階の作業部屋に誰もいないのを確認してから披露したこの家についての推理を振り返る。
本当にそうなのかもしれない。
「俺には関係ないな」
新しい一日の始まりだ。
二階にはキッチンや冷蔵庫が備え付けられていない。
トイレやお風呂、和室と洋室、寝室、クローゼット他家具があるのみ。
お腹がすいた、食べに行こう。
「おはよう禊、飯を食え」
ぶっきらぼうに挨拶をしてくる高橋の目元にクマはない。
昨日と同じシャツを着ている。…まさかあのまま寝たのか?
「おはよう高橋、着替えろ、風呂に入れ」
禊も上等とばかりに同じように返す。
気遣いがない相手に気を遣う必要はない。
いつもより高橋から離れて歩く。
衣服類の備品はあるのだろうかとクローゼットを覗くと既製品のワイシャツやベッドで寛げそうな肌触りのよいパジャマなどがあった。
見つけられなかったなんてことはないだろう。
数週間ホテルに宿泊するのと似ている。
上等なホテルだと考え過ごすといいかもしれない。
「風呂…入るヨ…俺のお手製のハムエッグ食べて…パンはトースターの中に入ってっから…」
高橋は日向に置かれたもやしのようにしな垂れて三階から出ていった。
禊はハッとした。
つい避けてしまっていたが、高橋にも着替えられない理由があったのかもしれない。
昨日の格好のまま作られたハムエッグを食べるかどうかは置いておいて、調理してくれたことは感謝すべきだ。
禊はあることを思いつき、冷蔵庫とキッチンを使い始めた。
お礼も後で言おう。
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