後半 数あるやり方の中で、この方法を選んだ理由。

 ヨウイが立てこもる中、こんなニュースがさらに日本中を席巻した。

 簡単にそのニュースをまとめてしまうと、


 水戸グループを内部告発!


 ……である。


 ネタバレ回避の方向で動いていた水戸グループであったが、それは“人間”として到底見過ごせるものでは無い。


 それが内部告発を行った、スナカケ・マイタロウの弁であった。

 もちろん、内部告発にはネタバレ――「灰の組織」の首領の名も含まれていた。


 その名がなければ、訴えに力がなさ過ぎる。


 では内部告発で挙げられたキャラクター名は誰か?

 それは少年探偵デュパンの庇護者でもある「栗毛和尚」であった。


 かねてから、


「実はラスボス?」


 という噂が絶えないキャラクターで、十年ほど前に原作者アカサカ・ジュウゼンがわざわざそれを否定するコメントが世に出たほどだ。


 だからこのネタバレについても「やっぱり」という声と「嘘だ」という声が、半分ずつぐらいであったのである。


 内部告発、いやネタバレの真偽を巡って睨み合いが続く。


 その状態で、次にこんな情報がネットを騒がした。


「内部告発したスナカケ・マイタロウはファウル・スレイヤーを企画した編集者だ」


 と。


 「ファウル・スレイヤー」とは、巷で人気のある異世界もののキャラクターをモデルにしたキャラクターを悪者に仕立て、それで別作品を立ち上げてしまうという際物であった。


 そして、あまりにも際物であったために連載一回で、なんと打ちきり。


 これについて原作者はコメントを出したが、明らかに関わっているはずの編集者の名前はついに表に出てこなかった。


 この責任を放り出すやりかたに疑問の声が上がっていたのだが、編集部はそれをスルー。そのまま沈静化を図ると思われたが……


 こうしてスナカケが表に出てきてしまったことで、再びこの問題は取り上げられることになった。

 前回の騒動以上に。


 何しろ、スナカケが信用出来ないということは内部告発、ひいてはネタバレも信用出来ないということになるのだから。


 さらに内部告発と言いながらも、これによってスナカケがほぼ直前に水戸グループに転職したことまで暴露されてしまったのである。


 では、スナカケは単なる売名行為を行っただけなのでは?


 そんな疑問、いやそれはほとんど「結論」であるかのように思われた。


 スナカケはそれでも、かつての行いを償うために内部告発を行ったこと。さらにネタバレについても、さらなる情報を提示し、必死に弁解を試みる。

 だが、それはまさに無駄な抵抗と思われた。誰もスナカケを信用しなくなっていたのであるから。


 この時点で事件発生から丸一日が経過する。

 ヨウイからも応答は無い。


 だが深夜。

 再び状況が動く。


 スナカケが追加で開示した情報を精査したところ「栗毛和尚ラスボス説」はかなり信憑性があるのでは無いか? と打ち出す人物が現れたのである。


 ミステリー作家である、タタラ・タタンである。


 タタラは元々「名探偵デュパン」の愛読者でもあったようで、99巻という長い物語の中の伏線を丹念に拾い上げ、それにスナカケが提示した情報も合わせると、蓋然的に栗毛和尚こそがラスボスになってしまうと指摘。


 深夜でゲリラ的にTV放映された特番での主張ではあったが、やたらに番組に熱が入っており、当たり前に使用許可を取れなかったために、手描きのフリップ、時系列表まで作成していた。


 この特番はあっという間にネットにばらまかれてしまう。違法である事は間違いないが、それでも今度は「栗毛和尚じゃないのか?」という雰囲気が出来上がってしまったのだ。


 それほどにタタラの指摘には説得力があったのである。


 そして、とどめ――


 二日目の午後、「名探偵デュパン」の作者、アカサカ・ジュウゼンからコメントが発表された。


 曰く――


 確かに「名探偵デュパン」のラスボスは栗毛和尚である。そしてタタラ先生の指摘は正しく、栗毛和尚のもう一つの人格こそがラスボスというのもその通り――


 報道陣を前に顔を出し、原作者自らのコメントである。

 それも、追い込まれた形で発表されたコメントだ。


 ヨウイはこのコメントに納得し、涙を流しながらついに投降。

 四十八時間近くにわたる籠城は、一つの作品の命を奪いながら、終わりを迎えた――


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 これがヨウイを投降に至らしめた、キノサキの用意したシナリオであった。そして現実もこのシナリオのままに推移していった。


 ――苦労して導き出した“答え”に、人は無防備になる。


 それは常套手段ではあったが、これほどの規模で行われては疑うのも難しい。


 これには先日、開設されたと同時に不手際を起こした電算庁が全面協力したことも大きい事は言うまでも無い。汚名返上、そしてそれ以上に逆説的に電算庁の力を示すパフォーマンスになるという名目もあった。


 それに配役の妙がある。


 スナカケは本当に問題のある編集者で、水戸グループがスナカケを犠牲にすることを了承したのだ。それがキノサキの要求であったが、水戸グループは躊躇うこと無く他社のスナカケを犠牲に捧げた。横槍を入れまくって。


 そのため、スナカケの悪評については本物である事も重要な要素だ。勝手に「信用ならない人物」という評価が出来上がってしまうのだから。


 さらにタタラ・タタン。


 実のところ「栗毛和尚犯人説」は多くのファンによってかなり検証されている説ではあるのだ。それにさらなる説得力を与えるためにキノサキがタタラに頼み込んだ。


 何しろタタラ著の「問題解明シリーズ」に著された「塀架街の質問」は、まさに「蜃気楼推理」の雛形とも言える絶品なのである。


 そんなタタラの能力、そしてミステリー作家としてのネームバリューがさらなる説得力与えたという絡繰りだ。


 言うまでも無く「栗毛和尚犯人説」の本当の提唱者達は後にしっかりと紹介されることとなる。


 そして現在――


 もちろん、あの時のドタバタはほとんどがデマカセであることが周知されている。

 つまり「名探偵デュパン」のラスボスは変わらず灰色の霧の向こうに隠されたままだ。


 しかしヨウイはそれで怒り出すことは無い。

 幸いにして、ヨウイの息子は回復に向かいつつあり、ヨウイ自身にも減刑を願う多くの嘆願書が自然と集まってきていた。


 起訴は間違いないにしても、執行猶予は確実。

 落とし所としては、まずまずと言ったところだろう。


 それでも傷を負ったと言えば――


「先生、これって……報道の信憑性が揺らいだって事じゃ無いかと思うんですけど」


 「蜃気楼推理」でキノサキとコンビを組んでいる、漫画家アイズ・セナがそんな指摘をする。

 確かにあの騒動で、マスコミは全面協力の名の下に、全力ででっち上げフレームアップを行った。


 ヨウイの主だった情報収集手段がテレビである以上、それは必然の処置であったかも知れないが、穿った目で見れば――


 ――テレビは容易に嘘をつける。


 それが証明されてしまったのではないかとアイズは危惧したのだ。いやテレビだけでは無くネットも危険だ。

 

 そんな危険な媒体に信頼を預けて大丈夫なのか?


 キノサキはソフト帽を目深に被りながら、アイズにこう答えた。


「テレビやネットをまず疑う。それがこの日本でのコロナ禍では必須の心構えだと思いますよ。少なくともテレビやネットの情報を脊髄反射で全てを信じてはいけない。だからこそ僕はこの“やり方”を選択したんです。


 ――無茶振りの中でなかなか有意義な選択だったと思いませんか?」


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作者注)


重ねてのお願いです。


くれぐれも、この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。思い当たっても気にしてはいけません。

よろしくお願いします。

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立てこもり犯の哀しき欲求への対処法 司弐紘 @gnoinori

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