立てこもり犯の哀しき欲求への対処法
司弐紘
前半 我々はこの可能性から目を逸らしていた……のかも知れない。
「ネタバレを要求する!!!」
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立てこもり犯の要求は突き詰めればそれだけだった。
たったそれだけの要求のために、犯人はマンションの一室に侵入し、その上住人の若い男性を人質に取ったのである。
ネタバレ――
長期連載となり単行本100巻にもなろうとしている人気コミック「名探偵デュパン」。主人公である少年探偵デュパンが、その正体を探り対決している「灰の組織」の首領の正体を公表しろ。
それが立て籠もり犯の要求だったのだ。
あまりにも下らなく、それだけのために罪を犯したこの犯人に当初は冷ややかな目が注がれていたのだが――
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「この
この事件を担当することになった若い巡査は、随分深刻そうに上役の警部補の階級を持つ先輩に報告した。
「それで同情したと?」
いちいち犯人に同情していては、身が保たないと諦めている警部補は冷たく応じた。
「いやそれがですね。チョーさんも知ってるでしょ? コロナにかかってそれを隠して授業して、小学生にうつした馬鹿教師」
「ああ……もしかして、その小学生が犯人の?」
「そうっス。それでヨウイが人質に取ってるのが、その馬鹿教師ってわけです」
なんとも論評が難しい事態だ。
「それで、重篤化してしまって……もしかしたら息子の最期のお願いかも知れないんってわけでヨウイも必死みたいで」
「じゃあ……どうにか教えてもらって、こっそりと犯人に伝えるのはどうだ? 別にデタラメでも――」
警部補の提案に巡査が首を振った。
「もうこの事件、マスコミに流れてるッス。ヨウイがわざわざ連絡してたみたいスよ。こっそりとやったら嘘言われるかも知れないって。だから公表が要求なんス」
やってることは勢いまかせであるのに、用意周到な犯人だった。
「……それじゃあ、とりあえず特別班呼ぶか」
「馬鹿教師、撃ち殺すんスか?」
巡査がとんでもないことを言い出した。
「お前は何を言ってるんだ?」
警部補が窘めた。
「人質殺したら要求が通らないだろ? ヨウイがこれ以上罪を重ねないように現場を保存するんだよ」
警部補はしっかり同情していた。
ヨウイにも、その息子にも。
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こうして現場の警官達が積極的にサボタージュを決め込んでいる間に、この事件は全国ネットで日本国中を駆け巡った。
そんな状況の中、注目を浴びたのは「名探偵デュパン」が連載されている「週刊少年ヨンデー」を発行する、水戸グループの対応だった。
「名探偵デュパン」は間違いなくヨンデーの看板漫画である。
その肝とも言うべきラスボスの正体を明かせという要求は――とんでもないテロに見舞われたのと同じ事だ。
経済的損失は、如何ほどになるか――
だが命を要求されているのでは無い。
その価値を理解出来ない者達からは「さっさとバラせ」という声が上がっている。
逆に、「そんな事で公表するんじゃ無い!」という声も上がっている。
ファンなのであろう。だが、命軽視に違いない発言であるので、これに対して非難の声も上がっていた。
あるいはその非難の声には長期連載に疲れてしまった一部のファンからの声も紛れ込んでいる可能性もあった。
結果として混乱した水戸グループ。
さらに警察からはかなり直接的な「公表せよ」という要望が放り込まれている。
進退窮まった――
それもまた原因の一つなのだろう。
ヨンデーの編集、あるいは編集長、はたまたグループ内の別雑誌の編集からこんな声が上がったのだ。
「要求を退けるだけじゃ、追い込まれる。代案を出さなくては」
ここまでは、グループの利益を守るという前提があるならば、真っ当な提案と言えるだろう。
しかしその先が、どう解釈しても常識を凌駕していた。
「うちの作家に、解決のアイデアを出させましょう」
他人のふんどしで相撲を取ることについては人語に尽きない“編集”らしいアイデアではあった。
しかも質の悪いことに、この提案にはそれっぽい理屈が付与していた。
「キノサキ先生が良いと思うんです」
キノサキ・キョウト。
「名探偵に青い彼岸花を」というミステリー小説で文壇にデビュー。そこから人気漫画原作者として名声を博し、現在の連載作品は――「蜃気楼推理」。
その作品を簡単に紹介するなら、探偵役がやたらに説得力がある推理を披露するが、その推理は蜃気楼のように実体が無い、という何とも難しい作品であった。
だが、その能力があればこの事態に対処出来るのではないか?
ネタバレを回避しつつ、それでいて日本国民が納得するような「蜃気楼」を生み出せるのではないか? と。
改めて確認するまでも無いことだが無茶振りである。
しかし無茶振りに応じざるを得ない、作家と出版社のあべこべな力関係。
水戸グループに呼び出されたキノサキは、あまりにもな欲求に生唾を飲み込んだ。
おいしい条件を提示されたが、そんなものは反故にされてしまう事もキノサキは見透かしていた。
何しろ密室で、外に漏れない環境で提示されたのだから。
しかし、キノサキは単純に断ることも出来なかった。
トレード代わりにいつも被っている、ソフト帽で表情を隠しながら、それでもどうにかアイデアを捻り出すことが出来たのだから。
このアイデアを実現してみたいという欲求がそこにあった。
作家としての業の深さがキノサキを突き動かしたのだ。
さらにこの機会を利用して、気に入らなかったところにも手を入れることにした。
――そしてキノサキのアイデアは水戸グループで採用となった。
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作者注)
くれぐれも、この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。思い当たっても気にしてはいけません。
よろしくお願いします。
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