悪役

タツマゲドン

炎上

【俺からすればホームレスなんてどうでもいい。それよりも俺は殺処分される野良犬や野良猫を救いたい】


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【マジかよ、最低】

【頭良い人だと思っていただけに残念】

【コイツの動画もう観ないわ】

【インフルエンサーだからって調子乗んな】






 今月のギガはまだ残ってるので、電車で炎上しているインフルエンサーの謝罪動画を観てみたが、低評価が高評価の二倍もある。当分はバッシングが続くだろう。


 とはいえ、新聞であれインフルエンサーであろうが情報はただ鵜呑みにしてはならないし、駄目な事を周囲が咎めなければならない。


 彼にとって殺処分されるペットの方が大事だとは言いたいだろうが、ホームレスを蔑ろにすべきではなかった。


 ともあれ、事態が静まってくれれば良いのだが……考えながら帰宅中の男は電車を出た。


 駅を出ればホームレスが数人転がっている。一体インフルエンサーを非難した奴らの何人がホームレスを助けてやったのだろうか……


「た、助けて……!」


 ふと、弱り切りしゃがれた男性の声。見ると、ゴミ捨て場に若者二人組が薄汚れたコートの男──ホームレスを殴っていた。


 悪人なんかになりたくない。何もしない傍観者になる訳にもいかない──彼は声を上げた。


「おい、何してる! 警察呼ぼうか?」


 たったこれだけの台詞でゴロツキはあっという間に退散した。


「あんた、大丈夫か?」

「まあな……」


 顔が腫れて血が出ているが、命に別状は無いようだ。


「俺には大した事出来ないが、これだけやる。後は幸運を祈る」


 五十ドル札一枚を懐から落とし、駅を去った。






「おい酒くれ」


 先程まで殴られていたホームレスは近くのコンビニエンスストアを訪れていた。


「上機嫌だな。血が出てるが大丈夫か?」

「まあな」


 赤く腫れた顔は笑っている。そのまま酒類のコーナーに一直線、どれを選ぼうかと手が迷っている。


 もう片手にはユリシーズ・グラントの肖像が入った紙切れ。今度はどんな物好きがこの怠け者に恵んだのか──店員はため息をついた。


「気を付けろ、最近ネットでインフルエンサーとやらがホームレスを叩いて大荒れらしい」

「そうか。道理で殴られた訳だ」


 耳だけ傾けて、ホームレスは目に入ってきた一本のウイスキーと二本のワインを選んだ。


「お前も少しは働く気になったらどうだ。うちの手伝いしてくれや。人手不足なんだ」

「嫌なこった。一日中寝転がって物乞いする方がずっと楽だ」

「相変わらずだな。まあ気が向いたら何時でも言ってくれ」


 額を抑える店員を背に、ホームレスは早速ウイスキーの栓を外し、店を出るなり一口。栓は外のゴミに紛れて消えた。






 ある公園、ツナギ姿の男が訪れていた。


 市役所からの依頼で公園と周囲の清掃をする事になったのだ。公務員不足だとかで無造作に捨てられたゴミも増えて大変だ。


 感染症も懸念される以上、公共施設の清掃は念入りに行わなくては……


 仕事に取り掛かろうとした時、ベンチにボロボロのコートを着た男が横になっていた。足元には空き瓶が二つ転がっており、残り一つはまだ未開封らしい。


「ったく真っ昼間から酒呑んで寝やがって、掃除する身にもなってくれ」


 仕事は早く終わらせたい。


「おうい、掃除の邪魔だ。どいてくれ」


 揺さぶる。ホームレスは不揃いな歯並びと共に豪快なあくびを一つ見せた。


「んだって? まだ眠いんだ、喋りかけんな……」

「そうは言ったってこっちは仕事なんだ。後で寝れば良いだろ」

「うるせえ、好きにさせろ」

「ったく、いい加減にしてくれ! 別に何かする事がある訳でもないだろ!……」






【ホームレスに怒鳴ってる奴居た http://…】


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【マジかよ、最低】

【ほらな、インフルエンサーに唆されてこうするバカが出るって言ったろ!】

【コイツもヒトラーと同じように許しちゃダメだな】

【この清掃会社知ってるぞ。こんな奴雇うなんてどうかしてる】






「……そういう訳で、お前はクビだ」


 清掃員の男は会社の最奥に来ていた。


「そんな! 俺はただ掃除の邪魔だからどくように言っただけなのに……」

「そうは言っても会社のイメージダウンになりかねん。退職金は用意した、ほら、これで私の目の前から消えろ」


 聞く耳持たずの社長は封筒を差し出し、手で払うような仕草を見せた。






 ちくしょう、何故だ。


 ソーシャルメディアで怒鳴る動画が誤解されたまま拡散され、再就職どころかパートタイムでも働けねえ。


 大家にも追い出され、今じゃ家は駅の不法投棄地帯。飯は炊き出し、空き瓶集めの仕事じゃあ気休めの小遣い程度にしかならねえ。貯金出来たとしてもちゃんと社会復帰出来るのだろうか……


 駅から帰りの電車で大勢出て来る。大抵は俺を無視するか、軽蔑の視線を一度見せるだけだ。ソーシャルメディアでホームレス叩きの非難が嘘みたいだ。


 ふと、スーツ姿の男性がジロジロ――あの野郎、俺を何見てんだ。


 可哀想と憐れんでるのか、汚らしいと蔑んでるのか……


 どっちだって良い。だが、身なりからして結構持ってそうだな……持ってそうだ……






【速報:○○駅前で会社員男性殺害。容疑者であるホームレスの男性を逮捕】


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【マジかよ、最低】

【うちもこの前ホームレスにひったくりされかけたよ】

【前から思ってたけどこの街治安悪過ぎだろ】

【ほんと、ホームレスなんて居なくなれば良いのに】

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