第5話 

 猫也は真昼の半月になった。


『茶露』的にしっくりくる言い方をすると、そういうことになる。



 私は彼女になりたいとか、付き合いたいとかそういうことじゃなかったのだけど、

 そういうことだと思われたらしい。

 言葉足らずが過ぎるもの。当然だ。


 あの時、猫也どんな顔してた?

 覚えているわけがない、私ずっと下を向いていたもの。


 猫也はひとこと「まだ早いだろ」と言った。


 ちゃんと伝わらなかったのは不本意だが、伝えたという達成感はあった。



 ただちょっと、気まずくなっただけ。


 もう猫也は私を見ない 私も猫也を見ない


 それだけだ。





 公民館の前を通ると、

 誰かに名前を呼ばれたような気がして振り返った。

 文化祭だろうか。かすかに聴こえる音楽に導かれるように、建物に吸い込まれていった。



 緑色の重たいドアを開けて、ホールに入る。


 受付の人以外には誰もいなくて、静かだった。

「こんにちは」と緑色のカードを差し出され、うつむいたまま受け取る。

 今日までの催しらしい。


 ホールの壁にはたくさんのイラストや写真、隅には楽器なんかもあった。


 棚がいくつも並び、色々な物が展示されていて、そのひとつひとつにメモが添付されている。


 たくさんの人の小さな思い出たちが、ひとつの空間にあって

 私はゆっくり見て歩いた、それはまるで、


 SNSアプリ「Chatter(チャッター)」を再現したかのようだ と思った。




 ふと、目を離せなくなったのは、


 小さめのクラシックギター(YANAHA CS40J)

 ちゃとらと同じギターだった。


 近づいてみると、横にCD-Rが置いてある。

ディスクには手書きの文字。


「出せない手紙」


 作詞:茶露


 作曲には、6名ほどの名前が書かれていて…その中に『ちゃとら』の名は無い。


 (私と同じ名前の作詞家さん?)


 さっきは下を向いていたので気づかなかったけど、受付の方を見てハッとした。


 眼鏡の『ちゃとら』がにこにこして立っていた。




『ちゃとら』はまっすぐこちらに歩いてきて

さっきのCD-Rを手に取ると、プレイヤーに入れて再生した。


「これね、『茶露』が書いた詩に、お友達がたくさん曲をつけてくれたんだよ。」


 『ちゃとら』は一曲一曲、どんな人が作曲してくれたか等をマシンガンのように勢いよく話し始めた。


 私は「はぁ。」とか「へぇ。」と相槌を打つことしかできなかった。


 確かにその詩は私が書いたものだった。

 そして、どれもいい曲だった。


 でも、作者(茶露)が知らない所でそんなことになっていたなんて…


「このCDは 20年後に作られたものだから、作者でもあげられないんだけどね。」


 はい?


 20年後に作られたもの?


 私が『ちゃとら』を見つめると


 さっき受付で受け取った緑色のカードを見るように促すので、裏面を見た。

 日付が印字されている。


 私は二度見、三度見した。

 それは、20年後の日付だった。


「安心して。この旧公民館(…ここでは現役か。)ホールの外は、20年前だから。」


「はぁ。」


 このホールの中だけが20年後?


『ちゃとら』は私の詩に即興で曲をつけていたのではなく、私が詩を投稿する前にもう曲は完成していたのだ!


(チャッターに上げている曲は、特に記載がなければ『ちゃとら』が作曲したものだそう。)


 私たちが話したのはそれくらいで、ほんの少しの時間だった。


 帰り際に『ちゃとら』は言った。


「卒業したら、女の子達はみんな

 あっけなく目の前から消えてしまう。

 心の傷は消えないけど、

 それも一緒に連れていこう。

 大丈夫だから。」


 私はそんなことは何も話していないし、チャッターにもつぶやいてもいないのだけど

 何でもお見通しみたいだ。


『ちゃとら』は私の厚みのあるショートヘアにぽん、と手を置くと

 まっすぐに目を見て言った。



「自分のことをダメだなぁって思っても、いいんだよ。私は、そういうとこ含めて茶露のこと好きだよ。」


 なぜか、胸にぐっときて 目が潤んだ。


 まばたきをすると、溜まった涙は床にポタリと落ちた。




 私は何も言えずに、小さく手を振って

 公民館のホールを出た。


 振り返ると、ホールはもう20年後の文化祭じゃなくて、ただの空室に戻っていた。


 手の中を見ると、緑色のカードは緑の葉っぱになっていた。


 ふと、壁にある鏡を覗き見る。


 私の顔…



 なんだ、思ったよりきれいじゃん。


 鏡の中の私は『ちゃとら』のように微笑むと


 アスファルトを強く蹴って走り出した。





 私の髪が肩より長く伸びて


 視力が下がって 眼鏡になって


 ギターを弾けるようになるのは


 高校を卒業して、もう少し経ってからのことだ。

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出せない手紙 お茶 @yuichanhokkaido

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