第9話Song of Nostalgia
汚辱に満ちたこの贖いがたい生を、それでも存えようとしている私にとって、おまえは忘れはててもなお記憶にとどまる乙女だった。神はとうにいない。朽ちて久しい石碑たちはすでに草木に埋もれ、その命を無名の名に留めて、今なお眠りつづける。死者とともにある土神にぬかずこうとしても、故郷から遠く隔たったこの地にあって、彼はもはや息絶えている。虚な部屋に延々とドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調が響きわたる中、そこにかつて歌われた霊歌の影を見出す時、私の胸のうちに故郷の幻影が重なって、そしてふたたび遠ざかる。おまえの沈む井戸は固く閉ざされ、その死を語り継いだ私の祖母ももうすでに亡い。亡霊となって立ち昇り、長調へと転じてかき消えてゆく音楽とともに、高みへと昇ってゆくのを、祈りの形として聞いていた。言葉にならない無形の音色のうちに、おまえが生前愛したであろうあの海のさざなみの音が雪崩れてくる。滅び去った村の掟は今なお私を縛り、潰えた言葉の発語の中にかすかな訛りをとどめている。言葉を綴ることだけが私にとっての贖罪に他ならなかった。すでに絶たれた記憶の名残をたどたどしい筆致で記しながら、帰郷したあの日にこの身に受けた潮風を感じている。自然のうちに抱かれた村は、いずれ原初の姿へと戻ってゆくだろう。封じられた土神がふたたび山を闊歩し、川のせせらぎの音色とともに水神は目覚める。そして彼らはおまえの手を引き、新たな地を統べる女神の玉座へと導くだろう。おまえは頽れた漁師の舟へとその身を預け、やがて漕ぎ出すのだ。新たな旅路に、希望の光をその瞳に宿して。
【詩集】やがて水になるまで 雨伽詩音 @rain_sion
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