ふざけんな、青春。

坂道

第1話

「おい、聞いたか。森田と久保付き合ったらしいぜ」

 佐藤はニヤけながら、肩を組んできた。

「森田?あぁあのクソマッシュか。」

 僕は悪口の一矢を放った。出勤前はさすがに頭が回らない。

「まぁ、あいつ頭も顔もいいしな。マドンナとくっつくのは必然だよな。」

 他人のどうでもいい羨ま話には耳を貸さず、靴箱の扉を開け、ローファーを放り込む。靴箱の奥の壁に当たり、半身が飛び出した。それを扉ごと押し込む。

 教室に入ると自分のデスクの脇のフックにリュックを掛ける。

 誰とも会話は交わさずに椅子を引いてすぅっと座る。

 間もなくして先生ぶちょうが教室に入ってきた。

「ただいまより朝礼を始めます。起立、礼、着席。」

 委員長かちょうの声に合わせて教室にいる30人が一度に挨拶をした。

「えー今日はいいニュースと悪いニュースあります。どっちからがいい?」

「いい方からがいいです。」

 後方から陽キャが言った。

「えーいい方は、皆さんの仲間が一人増えることです。じゃあ早速自己紹介してもらおうか。はいってきてー。」

 気の抜けた声に呼ばれて扉が開く。

 細く色白な足が青と黒のチェックのスカートからのぞく。

 左足から入ってきた少女は教室前方中央部の教卓にて止まり、口を開いた。

「隣町から異動してきました齋藤さいとう青空そらです。よろしくお願いします。」

 齋藤さんの声は夏の入道雲のようにやわらかく、それでいて冬の空気のごとく澄んでいた。背丈はそれほど高くなく華奢。スカートの丈が膝まであるため詳しくはわからないが、身長の割に長い。顔は一般的にみると小さい部類に入るだろう。バスケットボールよりは小さそうだ。髪型はきれいな卵型の輪郭に沿うやわらかいボブカット。

 瞳は大きくナメクジ大の涙袋、二重は比較的浅く見える。鼻筋は通っていて唇は薄い。肌は新品の上履きのごとく白い。控えめに言って美少女だった。

「齋藤はー、じゃー、あそこの席で。」

 部長が指をさしたのは、僕の席から通路を挟んで隣の席だった。

 僕の真横を通り過ぎた齋藤さんはなんか、いい匂いがした。

 ちょっとにやけそう。

「それと、もう一つ。悪いお知らせは…修学旅行ボーナスがなくなった。どうも世の中的にダメらしくてな。」

 教室は「えっ、」と「はっ?」で埋もれた。

 しかしその反応になるのも至極当然のことだった。

 この高校しょくばでは毎日膨大な量の課題ノルマをこなしていく。

 こなしきるのは中々にしんどいことだけれどこの課題ノルマには報酬が存在する。

 それは金ではなく、賄でもなく、


             「青春」 である。


 正確には「青春」を経験する場所、機会、時間を提供してくれることである。

 あるものは部活で汗を流し、またある者は、恋人と屋上で昼食を摂ったりする。

 一見、爽やかイケメンしか青春できないように感じるが、修学旅行ボーナスだけは僕のようなクラスの3軍控えでも控え同士、課題ノルマを忘れて、青春できる貴重な場であった。

 僕は、顔にこそ出さないが内心悲しかった。ポキッと何か折れた感じ。

 先生ぶちょうは残りの連絡事項を伝え終えるとそそくさと教室を後にした。

 教室中が発表の衝撃に打ちひしがれる中僕は一時間目の化学の準備をする。

 隣に目をやると、齋藤さんがあたふたしていた。

 童貞は美少女と目を合わせると、死んでしまうので、斎藤さんの頬あたりを見ながら、「齋藤さん、なんかあった?」と話しかける。

 齋藤さんはこっちに視線を移しながら、両手で合掌して答えた。

「化学の教科書忘れちゃったぽくて、、、見せてもらってもいい?」

 僕は僕と反対側の席の女子に聞けばいいのにと不思議に思いながら、答えた。

「あ、い、いいよ」

 返事が少々たどたどしくなった。

「ありがと~!」

 僕は机を少し近づけ、教科書の両端をそれぞれの机に置いた。

 教科書を介してキスしているみたいでなんだか恥ずかしかった。

 化学の授業は何事もなく始まり、終わった。

 齋藤さんは、  「ありがと~助かった~」と安堵のため息をつきながらバックの中をあさり始めた。

 彼女はあさりながら、

「君、名前なんていうの?」と問いかけてきた。

 僕は「す、鈴木です。」と慌てて答えた。

「鈴木君かぁ」と彼女は小さく言いながら、油性ペンを取り出し何かを書き始めた。

「はいっ」と齋藤さんは「鈴木君、ありがとう」と書かれたキットカットを手渡してきた。

 両手で持たれたそれは、僕が受け取れそうな余白をすでに残しておらず、指が触れそうになりながらも有り難く頂戴した。

「あ、ああ、ありがとう」ついて出た言葉は震えていた。

 齋藤さんは僕の反応に満足したようで微笑みながら前を向いた。

 これは彼女なりのお返しだということはわかっているがそれでも僕が彼女を意識するには十分すぎるシゲキだった。

 昼休みになると彼女の席はクラスメートに囲まれた。

 大きな魚から逃れる小魚の群れのように見える野次馬は彼女が周りからの質問に答えるたび大きく、ゆがんで、また元に戻る。

 かわいいね!とかスタイルいいね!とか言われてる齋藤さんは会釈し、それを流す。

 僕は弁当を開きその中から酢豚を口に運ぶ。

 滴り落ちそうになるタレを迎えるように舌にのせる。

 続いて白米を口に運ぼうかといったところで、野次馬の中の一人が彼女に話しかけた。

「齋藤さんさ、もしよければLINE交換しない?いやだったらインスタのアカウント教えてよ。」

 ゆるふわ一軍男子だ。今日着るには少々暑いチルデンニットの袖口からちょこんと出した指で自身のスマホを操作している。

 齋藤さんの方に目をやると、彼女は申し訳なさそうな顔で答えた。

「ごめん!SNSとか禁止されてるの。お母さんに。」

 その返事を聞いたゆるふわは、

「そうなんだ、。じゃあしょうがないよね。禁止されてんだもんね、、、」とデクレッシェンドを聞かせながら輪へと戻った。ナンパの失敗に慣れていなそうだった豆腐メンタルゆるふわは結局黙りこくって自席へ戻った。ざまあみろ。

 その後は特に何もなく一日の業務を終えた。

 昇降口でローファーに履き替えていると、後ろから佐藤に肩を組まれた。

「お前んとこかわいい新人入ってきたらしいじゃん。」

 目にかかる前髪を手で流し、眼鏡を上げる。

「まぁ控えめに言ってかわいかったな。」

 朝の出来事を思い出してにやけてしまう。

「なににやけてるんだよ、気持ちわりーな」

 ばれてたみたいだ

 佐藤とともに歩き出すと後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると齋藤さんがいた。

 齋藤さんは上目遣いで僕に言った。

「鈴木君さ、私あんまりここら辺わからないから一緒に帰ってもらってもいい?」

 鼓動が速くなり汗が出てくるのがわかる。

 口をパクパクさせながら息を声にする。

「は、、い、、。」

 齋藤さんは僕の指をつかみ、歩き出した。

 佐藤の方にごめんと言いながら僕も歩く。

 歩いて10分ほどしたところに齋藤さんの家はあった。

 10分間ほとんど僕は「うん」と「そう」しか言えなかった。

 童貞ばれたかな。

 齋藤さんは「ここ私んち」と言い、続けて言った。

「鈴木君さ、LINE交換しない?」

「えっ、齋藤さんLINEやってないんじゃ」

「あれは、嘘。鈴木君には教える価値があるとおもったから交換したいの。」

 顔が赤らむのを感じた。指紋ではロックが解除出来ずパスワードを打ち込む。

 3回ミスしたところで解除成功。

 無事交換できた後齋藤さんは笑顔で「バイバイ」と残した。

 それから僕は何気に毎日連絡を続けた。

 恋愛経験のない僕にはそれだけで毎日が輝いた。

 一学期末の多忙さが過ぎ去り長期休み前最後の出社日。

 彼女は来なかった。

 LINEしても既読がつかなかった。

 先生ぶちょうは休みだと言ったが彼女の家はもぬけの殻だった。

 遊ばれてたのかもしれない。

 相手は誰でもよかったのかもしれない。

 初めからここにいる期間は短いことを知っていて僕に近づいたのかもしれない。

 全てが確証のないことだけれどそう解釈しなければならなかった。

 長期休みに入ってからはとにかく惰性で動いていた。

 体はだるく、ぼーっとした頭が沈む。

 3か月しかなかった彼女との日々は紛れもなく僕の青春だった。

 世の中にとっては有象無象の体験も僕には鮮やかだった。

 ただ働き同然だと思っていた毎日に新鮮な空気を送ってくれた。

 ゆっくりと立ち上がり、カーテンを開ける。

 カーテンの内側が熱い。

 雨戸のない方の窓をあける。指三本分くらいの隙間から唇を出し、外の空気

 を吸う。

 じとっとしていてまずい。

 窓を閉め、冷凍庫へ向かう。開けると大事に残していたアイスがなくなっていた。

 初めからなくなるとわかっていたものより、あるはずだったものがなくなる方がよっぽどつらい。

 襟足をかきむしる。

「あっ」と思い出し冷凍庫の底からキットカットを取り出す。

「はじめっからなかった方がよかったんだよ、こんなの」

 僕は右手で力の限り握りつぶす。

 こんなの何にもならないとわかっていながらそれをもう一度冷凍庫へ戻す。

 ちっちゃいため息がとぐろを巻いて消えた。








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ふざけんな、青春。 坂道 @hinatazaka46ann

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