第101話 よろしくっス!

(冗談じゃないわ。なんで私が……)

 ミレイはそう思うや否や、意思表示を行った。

「先生、申し訳ないのですがお断りしたいです」

 少しざわめく調理実習室。


 講師も少し慌てながらも、

「ど、土居さん? あなたも体験入校の時誰かに一緒についてもらったのでしょう?」

 という正論を吐いた。


「ええ、おっしゃる通りですが……私にはまだ、余裕がありません。まだ入校して2か月も経っていないのですよ。それに、私が付いた方は既に半年先に入校された方でした。その方は技術も確かでしたのであの時は本当に勉強になりました。その点まだまだ未熟者の私なんかお役に立てるとも思えません」


「土居さんの言い分は分かりました。しかし、いつかは必ず一度は入校希望者のアテンドをお願いすることになります。それが今日なのか、明日なのか、というだけの違いです。それはお分かりになっていますよね?」


「ええ、知っています。でも……」


「何か事情があるのでしょうか?」

 

 ミレイの本心ではできれば知り合い、水野とだけは組みたくなかったのだ。しかし、そんな本心をあらわにしたら角が立つくらいの想像はつく。

 周りの生徒たちに何と思われるかという点も気がかりだ。


「いえ。では撤回します」


(え? じゃあなんで抵抗したのかしら) 

 少し拍子抜けだ、という講師の感想はともかく、ミレイはペアになっての実習を受け入れた。


(必ずしも水野さんと組むとは限らないのだから。私がこの先パティシエとして生きていくのならば、50%の確率にかけて勝って見せる)

 と、自分を納得させていたのだ。


 もう一人の体験入校者は、少し表情が暗い感じの若い女性だった。

(まあ、この子だったら……問題ないわよね?)


「はい、土居さん、ご協力ありがとうございます。それでは水野さんはあちらの金森さんと。結城さんは土居さんとペアを組んで実習を行っていただきます」

 講師は、ミレイの目論見通り水野ではない、ミレイのペアとしてもう一人の女性を指名した。


(やった! 私、ツイてるわ!)

 口にも出せないし、表情も変えたりできない。でもミレイは心の中でそう叫んでいた。

 一方の水野は、金森、という名前の四十路と思しき男性とペアを組むことになった。


(あああっ、神様はいないのか)

 医者で敬虔な仏教徒の父を持つ水野は不敬にも仏陀ではなく、神を恨んだ。


「あー、よろしくっス! 水野っていいます」

 水野はいつもの調子で軽い挨拶を行った。

 

 金森は無言で、コクリと頷く。


 (か、会話が続かねえんだけど? どうしよ? やりにくいなぁ)


 四十路で少し強面、紫色の長袖のカットソーの上からでもわかるほどに、金森の体躯は筋肉質である。


(おいおい、こんなおっさんがパティシエとか笑えるな?)

 そんな事を考えていると、金森がおもむろに口を開いた。


「水野さん、さあ、ちゃんと手を洗って渡されたエプロンとパティシエハットを身に着けてください。一緒に頑張りましょう。」

 低い声だが見た目と違って優しい声だった。


「は、はい。わかりました」

 そう言って水野は実習室の後方にある手洗い用のシンクで手を洗いに行った。

 (人は見た目で判断しちゃいけねえっすね)

 丁寧な扱いをされて水野は少し反省した。


(水野さんには悪いけど、お似合いよ)

 そんな様子を見ていたミレイは、自分とペアを組まなくて済んだ事で余裕が出たのか、そんな意地悪な感想を持った。


「私、結城ナナ」

 ミレイとペアを組むことになった女性は、そう名乗った。


「よろしくお願いします。私は土居ミレイといいます」


「ちっ」


 最初は聞き間違いかと思った。


(あれ? 今、この子舌打ちしなかった?)


 きょとんとしていると、結城ナナはつぶやいた。


「あー、ハズレだわ」


(えっ、なんなの、この子)


「あの、どういう意味かしら」


「ハズレはハズレって意味だよ。日本語分らないの?」


「あの、どういうつもりか分からないけど失礼じゃないかしら?」


「失礼? はぁ? 冗談じゃない。なんでこんな技術もないチャラい女とペア組むなんて。幸先が悪いったらありゃしない」


「ち、ちょっ」

 ミレイは、見た目の地味さに似合わない、結城ナナの悪態にびっくりして何を言い返したらよいかすぐに思いつかなかった。


「技術がない、って自分で言ってたでしょ? ねえ。アンタ」




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トラウマを抱えるアラサーサラリーマンが年下の妖精と付き合う話~ぼくと彼女の14か月間 Tohna @wako_tohna

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