私はないものねだり

 高校では何事もなく穏やかに過ごしたいという理由だけで、わざわざ田舎から都会にやってきた私。


「ん? やっぱり髪の毛気になる?」


 出席番号順に座ると、偶然にも隣が彼女だった。入学式の日、私が彼女の輝く茶髪に見とれ、彼女が気づいて話しかけてくれたことが全ての始まりであった。


 他の人より髪の色素が薄く目立ってしまう彼女は、机の上に地毛証明書を用意していた。


「気になるというより……きれいだね。光で透き通って輝いてる」


 お世辞でもない私の素直な言葉が、うまく彼女の悩みを和らげたらしい。ただ、自分にないものがとても魅力的に見えただけだったのだが。


 何事もなく過ごしたかっただけの私に、申し分ないほどの友だちができた。






「あっそれ新品でしょ、どこで買ったの」


 自分のために少し奮発して買った、このシャープペンシル。


「コクーンの中にあるロフトで。いつものところ。書きやすいし、前使ってたこれよりも指が痛くならない」


 学校の最寄り駅を東口から出ると正面にある、ショッピングモール。文房具の調達は主にここで行っている。


「書いてみてもいい?」


 私はうなずき「ここら辺なら」とノートの端を指さす。彼女は『あいうえお』と芯を紙に滑らせていく。


「全然違う! これすごい」


 今度は自分の名前を書いていた。私のノートでなければできないことである。


「いいでしょ、それ」

「うん、さっそく帰りに寄って買っちゃおうか」


 ああ、きっと受験勉強も捗るだろう。ひたすらに単語を書いて書いて覚えるやり方の彼女なら。


「じゃあ一緒に買いに行こ」


 いつものように私は誘われる。毎回思うが、「買いに行こ」までがあまりにも自然な流れだと感心している。買い物相手が私でよいのかと思うほど、人づきあいがうまい。うやらましい。

 





 お目当ての物が買えた彼女は、誰が見ても分かるうれしそうな顔をしている。ちなみに私も、彼女から勧めてもらった付箋を買っている。


「そういえばさ、美晴っていつ勉強してるの? 朝も放課後もやってる様子ないし」


 美晴のように一般受験をする人は、このように放課後に寄り道している暇はないはずだ。


「えっ、家だよ家。私、一人で黙々とやりたいタイプだから」


 まるで当たり前かのように言い放たれた。


「前は図書館でもやってたけど、何か集中できなくて」


 いやいや、家で一人で集中できるの、すごい。うらやましい。


「何でできるのー、何か集中できるやつとかやってるの?」

「普通にやってるだけだよ。あっ、飽きないようにBGMは流してる」

「どんなの」

「自然の川の音とか、波の音とか、雨音とか。そういうBGMがあるんだよ」


 前にどこかで見た『曲を聞きながら勉強をするのは逆効果!』というものには反している。また彼女だけの特殊体質なのだろうか。


「自然音だからね、曲とかじゃなくて」

「えっ、何が違うの」

「歌詞がある曲は、BGMにするにはよくないんだって。私の場合はメロディーがあるやつもダメだった」


 いかにも彼女らしい。努力家で好奇心旺盛なところが、この答えを導き出したのだろう。


「なるほど、やってみよ」

「でもさー」


 彼女の口調が少し荒っぽくなる。


「麻里菜はテスト前とか、教室に居残ってやってるよね。あれできるのうらやましいよ」

「そう? 何か周りの人がやってると、やらなきゃって思うから」

「それがムリなんだよー」


 口をとがらせた彼女は、私に何か同意を求めてきた。


「だってさ、他の人に監視されてる気がしない? あと、他の人が書く音とか 、ボールペンの『カチッ』っていう音とか気にならない?」

「……そんなに気にならない」


 私は首をかしげる。音に敏感なのだろうか。


「言い訳みたいに聞こえるけど、ホントに気が散っちゃって。だから、そんな環境でも勉強できるからいいなーっていうこと」


 ここで一つ違和感を覚える。一人の静かなところで勉強したいという彼女だが、私と対面で一緒に勉強したことが何回もあるのだ。しかも全て彼女から誘っている。


「じゃあ……私と勉強する時、うるさくなかった?」

「大丈夫! 麻里菜と二人だけだったからね」


 それならよかった。彼女は割と正直に言ってくれるので、良くも悪くも分かりやすい。


「まだまだ麻里菜のうらやましいところいっぱいあるよ。身長低いし、胸大きいし、手は小さいし……」

「……ディスってる?」

「いやないない!」


 身長に限っていえば、私と彼女を足して二で割ったらちょうどいい。

 でも私はこう思っている。見た目からちぐはぐな私たちだからこそ、高校三年間ずっと友だちでいることができたのだと。


 部活動にも入っておらず、友だちも彼女しかいない私だが、常に刺激的な毎日を過ごせた。それはほぼ彼女のおかげだろう。


 学校の最寄り駅に着くと、電車が来るまで、ホームの真ん中で話に花を咲かせた。夕方の五時を過ぎた都会は、数えきれないほどの車のライトが灯り、居酒屋の看板が赤く周りを照らしている。歩行者用デッキの白い照明が、幻想的な雰囲気を作り出している。


 彼女は都会人、私は田舎人。彼女は上りで、私は下り。先に上りの一番線の電車が着いた。


「じゃあね、また明日〜」

「またねー」


 手を振って私に背を向けた時、彼女の茶髪が流れるように踊った。本当に夕焼けがよく似合う、空に溶けていくようなその髪。


 彼女を窓越しに見送ると、反対の二番線側に体を向けてつぶやく。西日が直接目に入ってまぶしい。


「……いいなぁ」

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ないものねだり 水狐舞楽(すいこ まいら) @mairin0812

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