ないものねだり

水狐舞楽(すいこ まいら)

彼女はないものねだり

 パラパラと降っては止む雨。外を眺めながら私はつぶやく。


「秋は好きなんだけど、天気が悪いのが嫌なんだよね」

「私も雨苦手。だから、今日はちょっと頭が痛い」


 一番窓側の角の席に座る私と、一番廊下側の席の彼女。わざわざ彼女はこちらまで来て、ロッカーにもたれかかりながらホームルームまでの暇つぶしをしている。


「ほんっと、季節の変わり目は嫌い。早く雨が少ない冬になってくれないかなー」


 私は彼女のような『天気痛』はないが、今日のような天気は雨の中でも一番嫌いだ。傘をさしても風に流れてしまう霧雨。制服のブラウスの袖がしっとりとれ、肌に貼りついている。


「美晴は冬が好きなんだっけ」

「そう。冬といっても、一番寒い一月後半から二月前半くらいがいいかな」

「えー、寒すぎない」

「ずっと天気いいし、頭痛もしないし、何より朝の澄んだ空気が好き。まぁ寒いけど」


 確かに、天気によって体調が左右される人にとっては、冬の寒さを耐えてでも天気のよい冬を選ぶのだろう。


「他の季節はどう」

「春は花粉症だからダメで、夏は梅雨とか暑いの苦手だからダメで、秋は雨ばっかで台風くるし」

「消去法で冬ってことか」


 分からなくはない。雨は嫌いで暑いのが苦手。夏は登校するだけでも体力が削られ、授業に身が入らない日もある。もう暑い日は勘弁だ。


「じゃあ麻里菜はなんで秋がいいの」

「私も消去法で秋なんだけどね」


 前置きをして理由を述べていく。


「葉っぱがきれいに色づくのがいいなぁって思ってる。木によって染まり具合が違って色とりどりで。今まで緑一色だったのが赤とか黄色になってさ」


 学校の最寄り駅を西口から出ると、人工で植えられたけやきが立ち並ぶ広場がある。周りにはビルが乱立しているが、そこだけは自然とも不自然ともとれる緑の空間が広がっている。これからぽつぽつと黄色になっていくだろう。


「確かに紅葉はきれいだけど。いつも見頃になったくらいで台風くるでしょ」

「そこなんだよね」


 ただ、昨年は台風が東日本に上陸しなかったため、山の方では長く紅葉を楽しめた上に、色づきも例年よりはよかったという。言われてみればそうだったかもしれない。


「あれ、花粉症じゃないのに何で春は好きじゃないの」

「ほら、春は重要イベントが多いから。卒業式と入学式、学年末テスト、新しいクラス。いくら桜がきれいでもねぇ」


 紅葉と違い、せいぜい一週間しか持たない桜は、新しいことに慣れるのに時間がかかる私にとっては一瞬の出来事だ。


「じゃあ夏は」

「暑い。暑いだけで嫌」

「冬は」

「美晴が言った朝の澄んだ空気もいいけど、寒すぎる」

「結局、暑いのも寒いのも嫌ってこと?」

「どっちも嫌」


 そう言いながら私は、自分はかなりわがままな人なのだと心の中で苦笑した。


「でもさ、冬だって今年に限っては超重要でしょ。美晴は」

「ねー、大学入試」


 四十人近くいる私のクラスで、毎回一位か二位の成績をとっている彼女は、一般入試で勝負すると決めている。


「……大学こそはね。ちゃんと第一志望に受かりたいから」


 花粉症に翻弄されない一月、自ら好きだと言った二月前半なら、ということだろうか。

 私も彼女のために受からなくては。ちょうど紅葉の見頃である時期に。


「ホームルームやるぞー、みんな座れー」


 彼女は教室に入ってきた担任を一瞥いちべつすると、「あっ来ちゃった」と手を振って足早に立ち去っていった。

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