第321話 中辻 2

 「君達には残酷なことのように聞こえるかもしれないが、オロシの餌食にされるものは、決して無駄に命を終えているわけではない。オロシは彼らの中で特に大きな個体だけを襲う。小さくすばしっこい個体が選りすぐられ生き延びる事で、子孫にはより強くその特徴が受け継がれていくことができるし、それに・・・」


 ゆいは少し間を空けてから口にした。


 「身体が小さく力こそ強くはないが、実は彼らの妖力は低くはないんだ。彼らを喰らえばオロシの力は上がり、より強固な卵の守り手となってくれる。粗末になる命など一つもない。だから・・・」


 「そんなに哀しそうな顔をしないで」と光弘みつひろの耳元に優しくささやくと、ゆいは柔らかな身体を滑らかな光弘みつひろの首筋にすり寄せた。


 ゆいの言葉を胸に、真也しんやたちは光の明滅する水面に再び静かに視線を落とす。


 「共にあらずとも、実を結ぶものはあるのだろうが・・・・・・」


 意図せず口に出してしまったのだろう。

 海神わだつみはわずかに顔を上げると、それきり口を閉じてしまった。


 海神わだつみの言葉は静かなものであったが、不思議と哀しく耳に残るものがあった。


 ふいに、真也しんやの脳裏を、例の不可解な景色がかすめていく。


 その細く高い真っ白な塔のある情景が頭をよぎったのは、刹那といえるほど儚い間のことであった。

 だが、迫る情景はあまりにも鮮やかで、ヒヤリとするほど生々しい。


 大切なことをどうしても思い出せず失ったままでいるようなもどかしい喪失感と、こめかみの鈍い痛みが、真也しんやの背にじわりとした居心地の悪い汗を冷たくにじませた。


 「真也しんや


 都古みやこに名を呼ばれ、真也しんやは我に返る。

 さきほどまでの頭痛は跡形も残さず、まるで逃げるかのようにさっさと消え去ってしまった。


 知らぬ間に、都古みやこを支えていた手に力がこもってしまっていたのだろう。


 頭の奥がぼんやりと霞み、何か触れそうであったものが勢いよく指のすきまをすり抜けていく虚しさに密かに襲われながら、真也しんやは慌てて都古の肩に置いていた手を離した。

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彼呼迷軌(ひよめき)~言霊が紡ぐ最期の願い~ utsuro @utsur0

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